僕を止めてください 【小説】
堺教授の遺体の説明は、僕の耳に切れ切れにしか入ってなかった。さっきの堺教授の話が頭の中いっぱいにこだましていた。新しい視野の中に僕は居た。そして眺めていた。堺教授がいつも見ている景色を。
君の居場所を確保したいんだよ。
だが、どうして…? と、僕はこだまに何度も問いかけていた。この景色の中に僕が居ていい訳がない、と。社会正義のカケラもないんですよ、僕は。屍体が好きだからここに居たいだけなんですよ。堺教授の教育者としての深い愛でいっぱいになった苦しい胸の中で、僕はそんな大事な心を受け取れる人間ではないということを、無言のまま叫ばずにはいられなかった。
それでも堺教授は、そんな僕をこの場所に必要な人間として認識してくれている…それは許されることなのか…?
「…本君…岡本君? 聞いてる?」
「…あ…え…?」
いきなり堺教授が僕の上の空に気付いたようだった。
「どうしたの? さっきのことかい」
「すみません…驚いて…なにも頭に入ってこなくて」
「そんな特別のことじゃないさ。大げさだな、岡本君は…」
「大げさじゃないです…だって僕は…」
それを言ってしまうことに僕は躊躇した。僕はあなたの考えているようなまっとうな人間じゃないのだと。でも今、言わなかったら、この誤解がずっと堺教授の期待になって堺教授自身を苦しめることになる。そう思うと、躊躇している場合ではなかった。僕は耳から掛けていたマスクを外した。そしてそのマスクを握りしめながら、喉から、それを絞り出した。
「僕は…ただの自己中な人間…だから…」
「へぇ。正直だね、君は」
それを軽く“正直”などといなされて、僕は慌てた。そこじゃない! 堺教授、そこじゃなくて!
「違うんです先生、そんな事してもらう資格がないんです僕は…それなのに先生があんな…あんなこと…」
「資格ってのはね、自分で出すもんじゃないでしょ? 場数踏んでる幸村君や県警の長谷川部長も倉持警部補だって君の仕事を認めてるんだ。もう少し人の見る目というものを尊重してくれないと…逆に皆んなや私に失礼…」
「僕は!」
どこまでも正当化してくれる教授の言葉を僕はたまらずに遮った。
「僕は…自分のことしか…考えてないんです…だって…僕は正義感で仕事してるんじゃないんです…死に憧れてここにいる…そういう…そういう人間なんです」