僕を止めてください 【小説】
それはダメだ…と僕は思った。人を人殺しにするなんてまた佳彦に叱られる。電子音は鳴り続けている。そのうちなんだか頭の中が朦朧としてきた。小さい裕はいつの間にか消えていて…
気がつくと自分の部屋のベッドだった。
頭の直ぐ上で目覚まし時計が鳴っていた。ストレスで脳が疲れているのだろうか…変な夢だった。だいたい僕はそれほど夢を見ないのに。
小さい裕。もう10年も姿を現さなかったのに。僕のピンチであの子は現れるらしいのだが、変な夢、というだけではまだ全貌は不明だ。これからなのかな…それに僕はそんなにピンチなのか?
あの時の記憶が甦ってくる。寺岡さんが言っていた。“君は精神が崩壊する寸前だった”と。菅平さんのプレッシャーがこうさせたのだろうか。目が覚めた今は、小さい裕は意識の中には出ては来ていなかった。あの時は普通の生活の中に小さい裕も一緒にいる感覚だった。そこまでの危機感を自覚していない僕は、夢の中だけではそこまでのピンチとは言えないのではないかと考えてみた。しかし小さい裕がどうして夢に出てきたのかは、地下室のゾンビと関係があるかも知れないということはうすうす感じてはいた。
しかし、トミさんが出てきたのには起きてからちょっと驚いた。よっぽど僕はトミさんに悪い事したと無意識に思っているんだろう。嫉妬はツラいものだというのを僕は関わった人達から学ばされた。いまだにその感情はわからないが。
熟睡感がなく起床したせいで、立ったまま寝てしまいそうになりながら目を閉じて歯を磨いた。
仕事場に着くと、堺教授のメモが机の上に貼ってあった。
『岡本くんへ
朝イチで教授室へ来られたし!
ちょっと用事です。
堺より』
なにか不穏なモノを感じつつ、メモを剥がして捨て、荷物を置いて教授室へ向かった。軽くノックしてドアを開けた。
「おはようございます」
「おはよう〜。調子はいかが?」
「眠いですが、まあまあです」
「それは良かった。回復してるってことでいいかな?」
「ご心配お掛けしました。80%といったところです…昨日が50%とすると」
「まぁ良いんじゃない? 無理しなければ、だけど。はい、そこ、座ってね」
「あ、はい」
堺教授のデスクの斜め横に置かれたいつものオフィスチェアに腰掛けると、教授は机の上の資料に視線を落とした。
「えっとね…前々から警察医会から話があってね」
堺教授はほんの少し僕の顔色を伺うように横目で僕をチラッと見た。