僕を止めてください 【小説】



実験は中止になった。清水センセの薬は抜けそうにもないし、薬よりもなによりも、僕のせいで二十年の桎梏と深い傷を初めて吐露する羽目になったことが、そしてその前に話した、清水センセのトラウマの件でもう忘れかけてるくらいの、「僕が清水センセを犯罪者にしたくないので僕はもう殺してくれって言いません」宣言の葛藤と疲弊、そして実験を始めるきっかけになったあの写真集と佳彦のバラした自殺リトマス紙の話によるショック状態で、今日のお互いのキャパがいっぱいいっぱい以上になっていたのが主な理由だ(当たり前だ)。出来事として、この要素は3ヶ月かそれ以上の期間のエピソードに相当するだろう、一晩で経験するような内容では到底ない、と、ソファに横たわったまま起きられない清水センセと話して同意した。

「何が起きたかは頭ではわかってるんだけどさ、取り敢えず整理がつくまで時間くれない?」

 それは僕も同じだ。

「ええ、もちろんです。僕にも時間が必要ですし。とにかく寝たほうが良いです。お互い、ですが」
「ああ、そうだね。もう…2時過ぎたし。僕はもう動けないからソファで寝るよ。となると君を家まで送ってあげられないから、深夜タクシーを呼ぶか、うちに泊まるか2択になるけど、どうする? タクシー代は僕が出すからお金のことは気にしないで」
「深夜割増ですよ。いくらくらいになりますか?」
「前に新年会で深夜タクシー使ったなぁ。いくらだったかなぁ。5〜6千円だったと思うけど?」
「それはあまりにも申し訳ないです」

 割増料金もさることながら、泊まってもいいと思わせるのは、清水センセは添い寝してくれとか、朝まで犯したいとか、どこかの誰かさん達のようなことは強要しないということだ。またもやタクシーで帰るという選択肢を僕にくれるとは、今までの人間関係にはない要素でもある。寝静まった後に、気づかれないように僕の寝顔を夜が明けるまで眺めてるという可能性はあるが。それは僕がわからなければどうでもいい。とにかく泥のように疲れて眠い。タクシーを待って、マンションまで帰ったら3時を過ぎる。


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