僕を止めてください 【小説】


「なんでこんなことに?」
「アメリカで」
「撃たれた…んですか?」
「うん、流れ弾なんだけどね。僕を狙ったんじゃなくて、犯人が乱射した銃の弾が背中をかすってこんなになっちゃった。かすっただけでこの傷だ。銃ってスゴいよね」
「事件に巻き込まれたってことですか?」
「法医学の研修してた大学の構内で銃の乱射事件があったんだ。犯人の近くにいた人たちは無関係でもみんな巻き込まれたんだよ。僕もたまたま通りがかっただけ。音を聞いてもすぐに銃の発砲だってわからなくて逃げ遅れたんだ。聞き慣れた音じゃないからね。もう着ていい?」

 珍しいので、もう少し観察したくなった。

「あの、触ってみてもいいですか?」
「えっ? 触るの?」
「あんまり見れない傷なので、後学のために手触りを知りたいな、と」
「マジか……勉強熱心だね。学問のためなら照れてるわけにもいかないか」

 いいよ、と言われたので傷の縁に沿って指を滑らせる。一瞬、清水センセの肩がピクッと動いた。

「手が冷たかったですか、すみません」
「いや、ちょっと、あの、なんか裕くんが積極的に触ってると思うと…もうドキドキしちゃって…心臓に良くないよ…」
「すみません。銃創は貫通はたまにありますが、こんな大きな擦過銃創はあまりなくて……しかも生きてるから瘢痕化してるし」
「ごめん、大変残念だけど、そろそろ着ていいかな? 寒くて」
「あ、すみません。もう十分です。どうぞ」
 
 日本人には実際の銃撃音などわからないだろう。アメリカの一般市民が銃で命を落とす数は毎年1万人以上になる。1日で100人銃で死んでいると言われている(そのうちの60%は銃による自殺らしいが)。清水センセは長袖Tシャツの上に厚いタートルネックの白っぽいセーターを被った。僕にはちょうどいい室温だが、普通の人は寒いんだろう。

「犯人は学生で、薬物をやってたらしい。コカインだったっけ。妄想が嵩じて、自分が殺される前に周りを殺さなきゃって思ったそうでさ。不幸中の幸いは、射撃が下手だったことと準備した弾数が少なかったことだね。あと、警察が割とすぐ駆けつけてくれたのも大きかったな。負傷者は10人以上出たけど、死んだのは1人だけで、その負傷者の一人が僕」
「銃で撃たれるって、どんな感じですか?」

 再びベッドに腰掛けて、僕は清水センセに尋ねた。日本で銃で撃たれた人に直接話を聞けることはそうそうない。銃で撃たれて死んでないことが条件だし、日本では警察や自衛隊や猟友会の他には例の組の人以外ほぼ銃は持っていない。

「熱いね。とにかく灼熱の何かが押し付けられた感じだった。何が起きたか瞬間的にはわからなくて、どこかからパーンパーンって音がするんだ。逃げてきた人たちが口々に『逃げろ! 銃で撃たれる! あいつ基地外だ!』って叫んでるのを聞いても、自分に何が起きたのかパニクっててわからないんだよね。とにかく逃げていく人たちと同じ方向に慌てて逃げた。誰かが、僕の腕を掴んで、血が出てる! 肩も背中も真っ赤だ!って教えてくれて。だけど背中だから自分じゃどうなってるかわかんないじゃない? ウソだろ?って撃たれたって認めたくなかったね。でも右腕は上がらないし、左手で肩を触ると指に血が付いてきて、血を認識するとだんだんフラフラしてきて熱さが痛さに変わってきて、動けなくなって、もしかしてほんとに撃たれたのかなって、その時初めて思ったよ。そのうちにパトカーの音がして警察が来て、すぐに犯人が確保されたみたいで、地べたにうずくまってる僕を警官が見つけて、すぐに救急車で搬送された。入院先の病院で、もう少しずれてたら心臓とか肺に当たってる高さだったって言われて、ここで命拾いするのかって…なんか不思議な気分になったね」
 
 清水センセは遠くを見るような目で当時を思い出しながら、冗談にならないようなトラウマ体験を割と淡々と話した。


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