僕を止めてください 【小説】


 雪は止んでいた。5cmくらい積もった歩道を雪を踏みしめながら歩く。この時間ではまた凍ることはない。自転車に洗濯物を乗せて行きたいが、僕の運動神経では滑って転ぶリスクがあるので、この近さではコインランドリーには徒歩で行くことになる。脱水した重い洗濯物を両手で抱えて歩いた。息が白く、そのたびにメガネがうっすら曇る。
 コインランドリーに着くと、しばらくメガネが真っ白になった。脱水した洗濯物の中からタオルを引っ張り、メガネを雑に拭いた。中年女性が入口近くのベンチに一人座って終了時間を待っている。案の定、小型で安い乾燥機は全部稼働しているか、止まっていても中に洗濯物が放置されていて、使用者は帰ってきていない。稼働させたあたりがちょうど夕飯の時間だったので、どこかでラーメンでも食べているのかと推測される。大型で料金の高い乾燥機が1台空いていたので、仕方なくそれを使うことにした。オーバーキルだが乾くのも早いので、100円位の差であろう。だが100円はもったいない。待てば小型乾燥機の使用者は帰って来るのだろう。乾燥機の前でボーッと考えていると、後ろから声がした。

「それ、もう止まってるから出していいんですよ」
「は?」

 いきなり見知らぬ女性から声を掛けられて驚いたが、振り向くと、ベンチに座っていた人だった。どうやら僕の為を思って言ってくれているようだった。

「張り紙、そこの、書いてあるから。終わったら出していいって。で、カゴがあるから、そこの奥に」
「張り紙ですか?」
「そうそう。カゴにあけていいの」

 指差した先を見ると、壁に『洗濯物を放置されている場合は次のお客様から取り出される事があります。ご注意ください。取り出した洗濯物はカートに入れて下さい』という注意書きが貼ってある。張り紙も初めて見た。奥を見ると、スーパーのカート状のステンレスの大きなカゴが2台置いてあった。今までまったく気にしたことがなく、存在を初めて認識した。そういうことに使うというのを今回初めて知った。

「あ、そういう仕組みなんですね」
「そうよ」
「ありがとうございます、教えて頂いて」
「ここね、洗濯物の盗難があったから、気をつけたほうがいいわよ。私は終わるまで離れないことにしてるから」
「余り使わないので知りませんでした。いろいろとありがとうございます」

 それから僕は初めてのカートをコロコロ引き寄せて、止まっている乾燥機の中の洗濯物を出した。男物の靴下や下着、トレーナー、ジャージやタオルが入っている。学生だろうか。男物で良かったと思った。女物だったら手を付けなかったかも知れない。せめてもと思いその中のバスタオルを広げて洗濯物の上にかぶせる。
 自分の洗濯物をほぐしながら乾燥機に入れて扉を閉め、300円投下した。10分100円だ。30分位でだいたい乾くだろう。グィィィンと音がしてドラムが回り始める。盗難があるとか言っていたけど、ここに居たほうがいいのかな。でも、引っ張りだした洗濯物の人と出くわしたくないので、携帯で時間を確かめて夜の散歩に行くことにした。

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