僕を止めてください 【小説】


「だからあの日は、そんなこと出来る時間をお前が作んないように、教室にすぐに連絡入れて! 会議で解剖終わった時間に間に合わねーから焦って走って! お前が家にいてくれて本当にホッとしてたんだ! いつもだったらもっと誰かに見られてないか気にしてマンションに入るのに……そんなときに限って間の悪いことが起きるんだわ……案の定、清水さんにバレた」
「僕は帰ろうと思ったよ! 幸村さんが部屋からすぐ出てくるって、出てきたら帰れるって。でも、1時間経っても2時間経っても部屋のドアが開かないんだ。頭がおかしくなりそうで、何をしてるか考えてしまうのが拷問で……でもやってることはひとつなんだってわかってたんだ。全部つながった。岡本先生と幸村警部補が仲が良いっていう警察の人たちの話とか、法医学教室によく出入りしてるとか……それから気がついたら君んとこのドアの前に立ってた。止まらなかったんだ……ドアポストのフタを開けて耳をつけて……君のあの声が聞こえて……すごく苦しそうで……今度は僕の発作が起きた。裕くんが無理矢理犯されてたらと思うと頭が真っ白になって息が苦しくてパニックになって一目散に逃げたよ。車に戻って頓服を倍量飲んで、シートを倒して横になった。薬が効いて来て、パニックだけは治まったけど、残酷さと絶望と嫉妬と怒りで押し潰されそうだった。長い時間そうして動けなくて、家にも帰れなくて……そうしているうちに薄っすら空が白んできた頃に、幸村さんがあの部屋から出てきたんだ。エントランスから姿を現した瞬間、僕は車から降りてた。そして道の真ん中で幸村さんの胸ぐらをつかんで、僕の車に引きずり込んでた」
「あの時の清水さんは普段の仕事で会う清水先生とは思えないほど…なんというか…二重人格かって思うくらいの形相で俺の胸ぐらをつかんでた。俺はなんで清水さんがこんなところに居るのかわけがわかんねーし、怒ってる意味がわかんねーし……まさか清水さんが岡本が学生の頃から知ってるなんてわかんねーからな」

 そう言うと幸村さんは苦々しげに笑った。

「でもよ、そんなことでもなけりゃ、こんなことになってないわけだ。結局俺が清水さんに早くお前に会うように画策しちまった訳だからな」
「どういう…こと?」
「俺がお前を救えないからだろ! どうやっても!」

 吐き捨てるようにそう言って、幸村さんは拳で自分の太腿を叩いた。

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