僕を止めてください 【小説】


「ずっと、居たんだと思います。僕のわからない深いところに」
「追い詰められて出てきたっていうことか」
「空虚感…でした」

 それだ。深々と突き刺さっていたペニスを引きぬかれたときに唐突に感じる虚無の感覚は、僕の人生が早々とフィクションになってしまった、あの時の空虚感と繋がっているのかも知れない。前にもそんなセックスをした。いつだったか……その時もあの風景が目の前を過ぎった、気がした。性感で頭が狂っていてよく思い出せないけど、抜かないで、と発作の錯乱の中で幸村さんに懇願したような気がする。

「前にも、おんなじこと、言ってませんか? 僕」
「なにを?」
「幸村さんに焦らされて、ペニスを抜かれて……」
「あったよ」
「覚えてますか」
「ついこの間の発作のときだったな」
「発作の……いつの?」
「最近だぞ。ほら、例の、車の中で凍死した自殺屍体の解剖のときだ」
「あ……あのときの…」

 半月しか経っていない。

「あの時も、小さい裕の背中が視界をかすめた、気がする」
「あのときのお前もおかしかったよな。いつもおかしいが。凍死の男と何かが共鳴してたみたいな。それが何なのか、俺はお前の生い立ちが知りたくて、焦らせて狂わせれば錯乱してなにか口走るんじゃねぇかって。俺のモノで悶え狂ってるお前からそれを引き抜いて焦らした」
「おんなじことしたんですね。あの日のはっきりとした記憶がなくて何言ったか覚えてないですが」
「『誰がお前を置いて行ってしまったんだ?』と訊くと、『おとうさん…』って答えたんだ。今日と同じだ」

 幸村さんは、ハァとため息をついた。

「清水さんにバラして悪かったよ。あんなに理解しあってるんだから、そんな大事なこととっくに話してるって思うじゃねーか? まぁいいや。とにかくその日はお前がまだ、死にたいと何度も叫んでた。殺せ、殺してくれ、って。俺は耳を塞ぎたくなったわ。『死んだ僕は、もっと良いのに』とか言いやがって。俺が屍体に欲情するわけねぇだろ」
「幸村さんに…そんなこと言ったんですね。でも、司書の人にも言いました。そう言ったら、悪魔って言われた」
「それで殺してくれなかったから恨んでたんだろ? だけどそれは置いてった親父さんを追いかけて、あっちの世界に逝きたかったってことなんだろ。お前の死にたい、殺せ、は」
「たぶん」
「司書に頸動脈落とされた時も、お前は期待したんだろうな」
「あの人のセックスは……死の匂いがした。首を絞めて、もう少しで逝けるのに…だから……」
「……だから拒むことが、出来ない…いや、拒まない」

 言いながら幸村さんはギクッとした様子で、何かに慄いた顔をした。

「拒まないから…みんな深く入る……抜け出せない…そこに無意識に男を追い込んで……追い込んで殺させるつもりなのか?」
「え?」
「お前が言いなりなのは……自分を殺させるためなんじゃないのか……?」

 それは身の毛もよだつような問いだった。

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