僕を止めてください 【小説】
「あ、ええ、おめでとうございます」
「今年もよろしくね」
「ええ、あぁ、あの、こちらこそ」
思いがけない清水センセの社交辞令的な挨拶に、僕は戸惑いつつもごくごく形式的にそれに答えた。なんか変な感じだ。この感じ、前にもあったような気がする。もしかしてまだ仕事場なのではないだろうか?
「先生、まだ病院ですか?」
「あ、わかる? そうなんだ。ようやく終わったからこれから帰るとこでさ。裕くんは今、家にいるの?」
「はい。洗濯してます」
遠くからナースの声らしき女性の話し声と廊下をコツコツ歩く靴音がうっすら聞こえている。
「ああ、今日は晴れてるもんね! 洗濯のあとって予定ある?」
「いえ、特に無いですが」
「そっか」
そう言った清水センセはなぜか黙った。何を言いたいのか手に取るようにわかった。いつもだったらなりふり構わず僕を迎えに行くと言ってるはずなのに、なぜか清水センセはそれをためらっていた。
「あぁ…ええと」
「どうかしましたか?」
こんな歯切れの悪い清水センセは珍しい。だが、意を決したように電話口で息を吸う音が聞こえた。
「僕さ、これから正月休みなんだ……4日まで。でね、裕くんと過ごせる時間って……あるかなぁって……」
遠慮している……清水センセが遠慮してる。何が原因でためらってるのだろう? これも本人に訊くしか無い。
「僕は3日まで休みです。先生はこれから直帰ですか?」
「あの……今から迎えに行って……良いかな。疲れてたら、また今度でも良いんだけど」
「疲れてるのは先生のほうなのでは?」
「うん、疲れてる。泥のように寝たい」
バタンと車のドアを閉める音がした。話しながら駐車場に移動していたようだ。車内という密室に入ったおかげで清水センセの口調が変わった。
「わかってるんだ。年末年始、幸村さんと一緒だったんでしょ?」
また筒抜けだ……なんなんだこの二人は。僕はその情報伝達の速さと共有の濃度に自分の耳を疑った。