いつか本当の自分に出逢うまで
レイラから飲みに誘われたのは、それから一週間過ぎた頃。

「三浦君にも声かけといて」
言われたから仕方なく電話する。きっと断られるだろうと思ってたのに、今夜に限ってあっさりOK。

「いいよ。今夜はもう仕事ないし。行くよ」
なんだかちょっと、納得いかない感じした。

「ダイさんは、レイラが絡むといつもあっさりOKしてる気がする」
やっかみ半分。自分が一番よく分かってる。

「そんな事言って!たまたまよ。きっと」
「そぉ⁈…」
自分はいつも置き去られてるようなもんだから、被害妄想入ってる。そんな気分の時に響く、レイラの甲高い声…

「三浦く〜ん!ここ!ここ!」
まだ何も飲んでないよねって、確かめたくなるほどの高いテンションで呼んでる。ビックリして振り返ると、居酒屋の戸口に彼が立ってた。

「こんばんは」
レイラに挨拶。私には…

「元気だった?」
それ、彼女に聞くセリフなの?

「うん…ダイさんは?」
聞き返す私も私か。

「まあまあかな」
簡単な答え。これじゃあまるで、長年連れ添った夫婦みたい。
珍しくスーツ着て現れた彼を横目に椅子を引く。

「ありがとう」
ニコッて笑ってくれる。それだけで、胸がキュンとなる。

「相変わらず仲良いね」
ニヤニヤしながらレイラがこっち見てる。その視線に照れてしまった。

「とりあえず何か飲もっ!三浦君何にする?」
メニュー見せた。

「ウーロンハイにしようかな」
珍しい、ビールじゃないんだ。

「ウーロンハイね、じゃあ私はハイボールのラムネにしよっ!ミリは?」
「…ビール。小ジョッキ」
アルコールはたくさん飲めない。特に、好きな人の前では。
乾杯用のグラス片手に近況報告。レイラに彼氏ができたこと教えた。

「研修医なんだって。お医者さんのたまご」
「へぇー、意外だね」
彼の言葉にレイラが照れてる。

「しかもね、年下なのよ」
私の言葉にますます驚いてる。無理もない。私もビックリしたくらいだから。

「明日初めてオペに参加するんだって。だからレイラがすごく心配してるの」
「馴れないと臓器って夢に出てくるからね。私も最初の頃は結構うなされたし。でも、本人は平然としてるのよ」
何も知らないって平和よね…と笑ってる。

「今日一緒に飲めれば良かったけど、明日の事考えると誘えなくて。また紹介するから」
簡単にそう言うと、レイラ、急に立ち上がった。

「じゃっ、私はこれで」
「えっ ⁉︎ 」
驚いて彼女の顔見上げた。

「私も明日オペに参加するの。失敗したらいけないから、後は二人だけで飲んで」
ウインクして見せる。もしかして、最初からそのつもりで……?
あっけに取られてる私とは対照的に、ダイさんはきちんと立ち上がった。

「気をつけて。彼によろしく」
「ありがとう。あっ…三浦君」
にんまり笑った笑顔の裏で、レイラはしっかり考えてくれてた。

「あんまりミリを一人にしないでね。これでも案外モテるのよ。気をつけないと…」
軽く忠告。彼女ならではのジョークも交えて。

「レイラ…案外はないでしょ?」
訂正しつつ心で感謝した。

「ごめんごめん、結構だったね」
笑いながらハードル上げてる。おかげで私、どんな顔すりゃいいか、わかんなくなったじゃん。

「じゃあね、おやすみ」
手を振る彼女の背中に向かって

「気をつけてよ ⁉︎ 」
って声をかけても、前を向いたままのレイラ、何も言わずOKサイン出しただけ。

「大丈夫かな」
ダイさんが心配してる。気にして欲しいのは、今のジョークの方なのに。
カタン…。立ち上がって座り直そうとした。隣同士っていうのも狭い気がして。

「ここでいいよ」
手首引っ張って止められた。

「二人だけで飲むの初めてだし、近くで話そう」
ドキドキする胸の鼓動。そう言えばホントにそうだった。
カラカラ氷の音立てて、改めて乾杯。二人のグラスは、あっという間に空になった。

「お替わり何か飲む?」
メニューを取ろうとする私を手で制して彼が聞く。

「少しうるさくなってきたから出ようか?」
さっき入って来た団体様が賑やか過ぎて、ゆっくり話す雰囲気じゃなくなった。

「うん…いいよ」
立ち上がる彼の後ろを追いかける。Yシャツ姿のダイさんなんて、ホントに久しぶりだ。
店外は焼き鳥の匂いが漂い、空席を待つお客さんでごった返している。そんな中を、彼に手を引かれ歩く。

(子供みたいだな、私…)
保護者に連れられて歩く小さな子供。そんな気分だった。
駅までの繁華街を二人して無言で歩き続ける。そこまでは良かったけど、問題は住宅街の坂道を上り始めた時。
コツコツ響く足音が、妙に大きい。お互いこれ以上ないくらいだんまりだったから、それが余計でも耳に付く。
チラッと見る彼の横顔。何か考え込んでるみたいで話しかけづらい。でも、やっぱり何か話さないと…。

「ダイさん…」
私の声にビクついて、彼がこっちを向いた。

「今日、どうしてスーツなの?」
素朴な疑問ぶつけてみた。

「またお見合いでもしたの?」
あの日の事思い出して聞いた。

「えっ ⁉︎ してないよ」
笑いもせず真顔で返事。そんな言い方されると、後が続かない。

「そう…」
し…んとしてしまう。こんな事なら聞かなきゃ良かった。
再び始まる沈黙に、なんだか気まずさまで加わる。これ以上何も言わずにいたいけど、自分の蒔いた種だからそうもいかなくて。

「あの…私達、いつまでこのままなの?」
だんまりもそうだけど、二人の関係性も含めて聞いた。
ピタッと立ち止まる彼の足。それに合わせて、自分も歩みを止めた。

「…今夜…最初から会うつもりでいた…」
固い言い方。もしかして、緊張してる?

「大事な話があって…」
困ったような顔。もしかして、別れ話…?

(付き合い始めて、まだ三ヶ月しか経ってないのに?)
ゴクッと呑み込む唾液。真剣な顔するダイさんが何を言い出すのか怖くて、まともに顔も見れやしない。

「………」
なかなか話し出そうとしない彼の態度が、さらに不安にさせる。
いっそもう、何も言わなくていいからという気分になってきた頃、ようやく口が開いた。

「さっき、レイラさんが言ったからって訳じゃないけど…」
言葉を選ぶように話し始めた彼の手が離れていく。不安になって、思わずしがみつきそうになった。

「これを渡したくて…」
ポケットの中から取り出された小さな箱。その蓋を開ける彼の手を見つめた…。

「ごめん。いつも一人にさせて」
外されるリングに光る水色の石。それは、もしかして、誕生石…?

「本城美里さん、僕と結婚して下さい」
怖いくらい真面目な彼を見た。
予想と全く逆の出来事に、すぐに答えられなかった…。

「ダメ?」
心配そうに聞き返された。
指輪を持つ手と反対の手が、私の左手を握る。その温かさがじんわりと胸を熱くした。

(こんな…夢みたいな事って…)
思いもしなくて、まだ少し混乱してるけど…

「…ダメじゃない」
ようやく声に出せた。
通される指輪が手に収まっていく。世界でたった一つしかない宝物。嬉しくて言葉にならないのに、涙が溢れてくる…。

「一緒に暮らそう」
そう言われたのが嘘みたい。ずっとそれを願っていたのに…。

「美里…?」
返事を催促されるまで、何も言えなかった。

「…うん…一緒に住みたい…」
いつも会う度に、この言葉を口にしそうだった。それがやっと、実現できた。
彼の手に引き寄せられ、ぎゅっと抱き締められる。
今が一番幸せな時なら、どうかこのまま、時よ、動かないで…。

(他には何も、いらないから…)


………素直な心で、全てを受け止めよう。幸せという名の今を生きる為に………



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