いつか本当の自分に出逢うまで
レイラと食事した夜、珍しく日付の変わる前に帰宅した彼が話し始めた。

「今度、新しい雑誌ができるんだ」
淡々といつもの調子で話すから、重要な事じゃないのかと思ってたら…

「その雑誌の編集責任者をするよう言い渡された」
さくっとした言い方にポカンとなった。でも、すぐにハッと気づいた。

「責任者って事は…ダイさんの雑誌ができるってこと ⁈ 」
大袈裟な言い方に戸惑ってる。

「すごい!おめでとう!」
思わず拍手。なのに彼は浮かない表情で、

「美里は呑気だな…」
溜め息ついた。

「編集責任者をするって事は、これから忙しくなるって事だよ。それ理解してる?」
「うん、勿論!」
胸張って言う。子供じゃないんだから、それくらい分かる。

「じゃあ、今以上に帰りが遅くなるって事は?」
「えっ ⁈ 」
驚いて彼を見た。

「やっぱり…予測してなかったんだ…」
呆れてる。どういう意味なの ⁈

「今よりも帰りが遅くなるの?」
今ですら、十分午前様なのに…。

「帰れるだけマシになるかもしれない。下手すると、帰れない日も出てくる」
暗い表情。だから溜め息ついてたんだ。

「帰れないって…ここに?」
人差し指、下に向けた。

「うん」
唖然として、言葉出なかった。

「会社に泊まり込むようになると思う。雑誌の大まかな事決まるまで、結構時間かかるから…」
新しい雑誌を世に送り出すって事は、名称からコンセプトまで、全部決めてからでないと動き出せない。
掲載する記事の内容も考えないといけないし、毎月のテーマも必要になってくる。

「特集を組んだり、創刊号には付録もつけないと…」
彼の話聞いてたら、こっちの頭が痛くなってきた。

「わかった。ダイさん、もういいよ…」
手で止めた。不足な顔してる。でもこれ以上聞いたって、どうしようもない。

「帰れない日があっても、遅くなっても、私…大丈夫だから」
今までだって、ダイさんと住む前は一人で住んでたんだし、きっと平気というつもりだった。

「きちんと戸締りもするし、何かあったら連絡するし…」
そんな永遠の別れじゃないし…って、私は簡単に思ったんだけど。

「本当かなぁ…」
心配通り越して不安?そう。

「ホントだって!大丈夫!安心して」
にっこり。笑って見せたら安心してくれるかと思ったのに…。
ギュッ…
抱き寄せられた。

「ごめん…」
謝罪。どうして?

「また美里を一人にする…」
ああ、それでか…。私が無理して笑ってると思ったんだ。
なんだか辛そう。そんなふうにされると、こっちも胸が痛い。

「大丈夫。一人じゃないと思ってる。ダイさんの帰る場所は、ここしかないと分かってるから…」
背中に手を回す。あったかい。いい気持ち。

「それより、ダイさん体壊さないでね。忙しくても、帰れる時は帰って、ゆっくり休んで…」
頷くだけで声に出さない。確約できない事に、安易に返事をしないのがいつもの彼の態度だけど…。

「でないと心配だから…」
思いは告げたい。一人の時間が増えることよりも、彼が倒れることの方が怖い。

「ありがとう。気をつけるよ」
包み込まれて気づく温かさ。腕の中にいるの、久しぶりだ…。

(やっぱ落ち着く…)
不安定な気持ち抑えて、無理してるのが分かる。でも、口にはできない。これから先が、もっと不安定だから。

(今、彼に心配かけられない。やっと、夢が叶いそうなのに…)
思うように本を作りたくて、編集者になった彼。責任者の仕事は、夢への第一歩だ…。

「いい雑誌作ってね。期待してる」
心と裏腹な言葉、それも彼の為だから…。


………束の間の幸せはいつしか時に流され、彷徨い、漂う…。何が大事で何が大切かは、後にならないと分からない。掛け替えの無い存在は何なのかを、私はまだ知らないでいる………
< 14 / 19 >

この作品をシェア

pagetop