いつか本当の自分に出逢うまで
年が明けると、ダイさんの仕事はいっぺんに忙しくなった。
予告してた通り、家にも帰れなくなる日が続き、電話やメールだけで様子を確認する日々。たまに仕事の原稿を渡す時に顔は見るけど、ほんの数分で、直ぐに次の仕事が待ってる。
「大丈夫?変わりない?」
まるで合言葉のようにお互い聞く毎日。本心なんて、話しもしないのに…。
「美里、ヤバいって!きちんと三浦君に言った方がいいよ。寂しいって」
レイラの心配も分かってる。だけど、それを言って困るのは彼。ただでさえ忙しい思いしてる所に言えやしない。そんな気持ち…。
「私達…ホントになんで一緒に暮らし始めたんだろ…」
テーブルの上に積み重なった新聞紙を読んでる姿見たのいつだっけ?流しに伏せてるカップで、彼がコーヒー飲んでたのはどれくらい前だった?
夜型の私の邪魔をすまいと、いつも声をかけずにいてくれてた。そんな優しさに甘えてばかりいた…。だけど、どうしてそんなに気を遣ってばかりいたんだろう。お互いいいとは、決して思ってなかった筈なのに…。
「私達…結婚するんだよね…?」
いつもいつも優先するのは相手の気持ち。自分の心はとっくに悲鳴を上げてるのに、聞かずにきてしまってる。
(だからもう、今更何も言えやしない…)
寂しさが込み上げてきて、どんなに涙が溢れても、ワガママなんて言う事もできない。
困った彼の顔を見たくない…。
「でも…やっぱり一人は辛い…」
言葉にすると余計に募ってくる。極力、我慢してきたけど…。
ダメだ…。こんなふうに、彼を示すものを目にしたら、どうしても会いたくなる…。
「ダイさん…帰って来て…」
毎日会いたい。話したい。彼の側で、眠りたい…
泣き声がこだまする部屋に、一人でなんかいたくない…!
「ダイさん…会いたいよ…」
今更ながら思い知る、自分の気持ち。
自分勝手と思われてもいいから伝えたい。
「一緒にいて…寂し過ぎる…」
分からなくなってくる。この気持ちは恋なのか、愛なのか。
独占したいと思う気持ちが恋なら、愛は一体何なのか。
離れて暮らしてる私達って、今、どっちの近くにいるの?
自分の中で考えてた未来と違う現実。望んでいたのは、こんな生活じゃなかった…。
「会いたいよ…」
返事してくれる人はいない。声が…届かない…。
「うっ…ぐす…」
テーブルに伏せたまま泣き疲れてしまう。そんな毎日ばかりだ。この最近……
カタッ…
物音で目が覚めたら、夜中の一時を回ってた。泣きはらした瞼が思い。鼻も詰まって息苦しい。
「顔洗お…」
椅子から立ち上がって廊下に続くドアを開けようとして気づいた。
(帰ってる!)
焦ってドアを開けて、仕事部屋の前まで来た。隙間から漏れてる明かり。いつ帰ったか分からないけど、帰ってるなら顔が見たい。
「ダイさん…」
トントン、ドア叩いた。
なかなか開かない。どうしたのかとノブに手をかけたら、やっと開いた…。
「ダイさ…!」
ビクッ ‼︎
ドアの隙間から見えた人影。
(ダイさんじゃない ‼︎)
見たことない男性がスーツ着て立ってる。茶髪で細身で、私達より少し若い…?
「だ…誰 ⁈ 」
ドキドキ…動悸早くなる。もしかして、泥棒… ⁈
「た…」
すけて…!
声になる前に、その男性が喋りだした。
「すいません、こんな遅くにお邪魔して。三浦さんの部下で、松中裕(まつなか ゆう)と言います。初めまして。エッセイストのミサトさん…ですよね?」
ウエーブのかかった茶髪の人。困り顔で挨拶してる。
「えっ…⁈ 部下… ⁈ 」
意味が分からず言葉を反復した。黙って頷いてる。怪しい人じゃないとは分かったけど…。
「あの、ダイさ…じゃない、三浦は?」
ビクつきながらも確認。挨拶なしで失礼だけど。
「三浦さんなら、近くのコンビニに行きましたよ。酒とつまみ買いに。ミサトさん起こすの悪いからって言って」
「酒とつまみ…?」
唖然。こんな夜更けに私と見知らぬ男性二人だけにして、自分はコンビニ ⁈ 一体何を考えてるの…⁈
「悪いって…起こしてくれればいいのに…」
怒りよりも失望?こんな虚しい気持ちに、どうしてさせるの…。
「ホントに…なんでいつも、こんな…」
悔しさと一緒に、涙がこみ上げる。人前だというのをすっかり忘れかけていた。
「ひどいよ…ダイさん…」
私の呟きに、目の前の人が困った顔する。ハッとして、我に返った。
(そうだ、その場だけでも、取り繕わないと…)
そう思う端から涙が零れ落ちた。隠そうにも間に合わなかった。
「ごめんなさい…ちょっと失礼します…」
逃げ出した方が早い。初対面の人に泣き顔なんか見せられない。
顔背けて、その場を去ろうとした。なのに、腕を掴まれた。
「待って。今だけ、三浦さんの代わりしますから」
力強く引き寄せられ、触れる胸板。きゅっと肩を抱きすくめられた。
「逃げなくていいです。ここで泣いて。我慢しなくていいですから!」
力の込もった声。甘えちゃいけないと分かってても…。
(抑えられない…涙が止まらない……)
「うっ…ううっ…!」
次から次に零れ落ちてくる。自制もできない程、溢れて止まらない。ダイさんの前でだって、こんな泣いた事ないのに、どうして今、こんなに涙が出るの………。
嗚咽に混じって鼻をすする。こんなみっともない姿、誰にも見せたことなどないのに…。
じっと肩を抱いてくれてる。その人が、あまりに懐が広いから…。
「相当、堪えてたんですね…」
同情するかのような言い方。その優しさが自分をもっと惨めにさせる。
心の奥から湧き上がる、寂しさ、苦しさ。伝えていかなきゃいけないのは、ダイさんなのに…。
「こんなに泣かせて…許せないな!」
私の耳元で囁く声。その腹立たし気な言い方に思わず顔を上げた……
「んんっ ⁉︎」
口塞がれた。正確には、舌を押し込まれた…。
「んっ…!うっ…んっ…!」
ざわつく背中。冷や汗が走る。抵抗しようにも、身動きができない。
(やだっ ‼︎ 助けて ‼︎ ダイさんっ ‼︎)
手を振り上げようと、伸ばした時だった。
カチャ…
ドアノブの音が響いた。慌てて私を離す彼。こっちは勢いで壁にぶつかりそうだった。
「ごめん。ちょい手間取った」
ビニール袋ぶら下げ、言い訳しながら入って来る。彼の姿をまともに直視できなかった。
「あれ?美里起きてたのか」
なんだ…という感じの言い方に、ムッとなる。でも、顔に出せる状態じゃなかった。
「あっ、そいつ…」
ドアの側に立ってる松中さんに視線を向けた。
「自己紹介なら、もうしましたよ。三浦さん」
あっけらかんとした明るい声。まるで、何もなかったみたいに。
「なんだ、そうか」
一応納得して玄関を上がる。その様子を見ながら、ビクついてる自分がいた。
「今日は帰るつもりにしてなかったんだけど、編集長が働き過ぎだって言って、強制的に帰らされた」
普通に話してる。近づいて来る彼の顔が見れなくて、ふいっと横を向いた。
「そ、そう…」
鼻にかかった声。側まで来た彼が、気づいたように立ち止まった。
「美里、またテーブルにうつ伏せて寝てたんだろ。風邪ひくよ」
子供の頭を撫でるように髪に触れて行く。その仕草が腹立たしかった。
顔も見ずに通り過ぎる彼の背中を見送る。私の様子を気にしようともしない彼の態度に頭にきていた。
「…そんな言い方ないですよ。三浦さん」
怒ってるような声に振り向いた。
「ミサトさん、三浦さんの帰りを待ってたんですよ。もう少し、気持ち汲み取ってやったらどうですか?」
毅然とした態度で意見してる松中さんの姿があった。上司としての彼じゃない、男として彼が許せないって顔をしていた。
「彼女、俺が急に現れたから驚いて泣いちゃったんですよ」
上手な嘘ついてる。思わず呆然と彼を見た。
「もう少し優しくしてやったらいいでしょう。こんな遅くまで、待っててくれたんですから」
正論を述べる部下を、黙り込んで彼が見てる。そして、小さく息をついた。
「そうだな…裕の言う通り。ごめん、美里…」
反省したように謝った。
「…ううん。いいの…おかえり…」
取って付けたようなおかえりを言った。家の中に、どこか嘘っぽい空気が立ち込めてるような気がした。
予告してた通り、家にも帰れなくなる日が続き、電話やメールだけで様子を確認する日々。たまに仕事の原稿を渡す時に顔は見るけど、ほんの数分で、直ぐに次の仕事が待ってる。
「大丈夫?変わりない?」
まるで合言葉のようにお互い聞く毎日。本心なんて、話しもしないのに…。
「美里、ヤバいって!きちんと三浦君に言った方がいいよ。寂しいって」
レイラの心配も分かってる。だけど、それを言って困るのは彼。ただでさえ忙しい思いしてる所に言えやしない。そんな気持ち…。
「私達…ホントになんで一緒に暮らし始めたんだろ…」
テーブルの上に積み重なった新聞紙を読んでる姿見たのいつだっけ?流しに伏せてるカップで、彼がコーヒー飲んでたのはどれくらい前だった?
夜型の私の邪魔をすまいと、いつも声をかけずにいてくれてた。そんな優しさに甘えてばかりいた…。だけど、どうしてそんなに気を遣ってばかりいたんだろう。お互いいいとは、決して思ってなかった筈なのに…。
「私達…結婚するんだよね…?」
いつもいつも優先するのは相手の気持ち。自分の心はとっくに悲鳴を上げてるのに、聞かずにきてしまってる。
(だからもう、今更何も言えやしない…)
寂しさが込み上げてきて、どんなに涙が溢れても、ワガママなんて言う事もできない。
困った彼の顔を見たくない…。
「でも…やっぱり一人は辛い…」
言葉にすると余計に募ってくる。極力、我慢してきたけど…。
ダメだ…。こんなふうに、彼を示すものを目にしたら、どうしても会いたくなる…。
「ダイさん…帰って来て…」
毎日会いたい。話したい。彼の側で、眠りたい…
泣き声がこだまする部屋に、一人でなんかいたくない…!
「ダイさん…会いたいよ…」
今更ながら思い知る、自分の気持ち。
自分勝手と思われてもいいから伝えたい。
「一緒にいて…寂し過ぎる…」
分からなくなってくる。この気持ちは恋なのか、愛なのか。
独占したいと思う気持ちが恋なら、愛は一体何なのか。
離れて暮らしてる私達って、今、どっちの近くにいるの?
自分の中で考えてた未来と違う現実。望んでいたのは、こんな生活じゃなかった…。
「会いたいよ…」
返事してくれる人はいない。声が…届かない…。
「うっ…ぐす…」
テーブルに伏せたまま泣き疲れてしまう。そんな毎日ばかりだ。この最近……
カタッ…
物音で目が覚めたら、夜中の一時を回ってた。泣きはらした瞼が思い。鼻も詰まって息苦しい。
「顔洗お…」
椅子から立ち上がって廊下に続くドアを開けようとして気づいた。
(帰ってる!)
焦ってドアを開けて、仕事部屋の前まで来た。隙間から漏れてる明かり。いつ帰ったか分からないけど、帰ってるなら顔が見たい。
「ダイさん…」
トントン、ドア叩いた。
なかなか開かない。どうしたのかとノブに手をかけたら、やっと開いた…。
「ダイさ…!」
ビクッ ‼︎
ドアの隙間から見えた人影。
(ダイさんじゃない ‼︎)
見たことない男性がスーツ着て立ってる。茶髪で細身で、私達より少し若い…?
「だ…誰 ⁈ 」
ドキドキ…動悸早くなる。もしかして、泥棒… ⁈
「た…」
すけて…!
声になる前に、その男性が喋りだした。
「すいません、こんな遅くにお邪魔して。三浦さんの部下で、松中裕(まつなか ゆう)と言います。初めまして。エッセイストのミサトさん…ですよね?」
ウエーブのかかった茶髪の人。困り顔で挨拶してる。
「えっ…⁈ 部下… ⁈ 」
意味が分からず言葉を反復した。黙って頷いてる。怪しい人じゃないとは分かったけど…。
「あの、ダイさ…じゃない、三浦は?」
ビクつきながらも確認。挨拶なしで失礼だけど。
「三浦さんなら、近くのコンビニに行きましたよ。酒とつまみ買いに。ミサトさん起こすの悪いからって言って」
「酒とつまみ…?」
唖然。こんな夜更けに私と見知らぬ男性二人だけにして、自分はコンビニ ⁈ 一体何を考えてるの…⁈
「悪いって…起こしてくれればいいのに…」
怒りよりも失望?こんな虚しい気持ちに、どうしてさせるの…。
「ホントに…なんでいつも、こんな…」
悔しさと一緒に、涙がこみ上げる。人前だというのをすっかり忘れかけていた。
「ひどいよ…ダイさん…」
私の呟きに、目の前の人が困った顔する。ハッとして、我に返った。
(そうだ、その場だけでも、取り繕わないと…)
そう思う端から涙が零れ落ちた。隠そうにも間に合わなかった。
「ごめんなさい…ちょっと失礼します…」
逃げ出した方が早い。初対面の人に泣き顔なんか見せられない。
顔背けて、その場を去ろうとした。なのに、腕を掴まれた。
「待って。今だけ、三浦さんの代わりしますから」
力強く引き寄せられ、触れる胸板。きゅっと肩を抱きすくめられた。
「逃げなくていいです。ここで泣いて。我慢しなくていいですから!」
力の込もった声。甘えちゃいけないと分かってても…。
(抑えられない…涙が止まらない……)
「うっ…ううっ…!」
次から次に零れ落ちてくる。自制もできない程、溢れて止まらない。ダイさんの前でだって、こんな泣いた事ないのに、どうして今、こんなに涙が出るの………。
嗚咽に混じって鼻をすする。こんなみっともない姿、誰にも見せたことなどないのに…。
じっと肩を抱いてくれてる。その人が、あまりに懐が広いから…。
「相当、堪えてたんですね…」
同情するかのような言い方。その優しさが自分をもっと惨めにさせる。
心の奥から湧き上がる、寂しさ、苦しさ。伝えていかなきゃいけないのは、ダイさんなのに…。
「こんなに泣かせて…許せないな!」
私の耳元で囁く声。その腹立たし気な言い方に思わず顔を上げた……
「んんっ ⁉︎」
口塞がれた。正確には、舌を押し込まれた…。
「んっ…!うっ…んっ…!」
ざわつく背中。冷や汗が走る。抵抗しようにも、身動きができない。
(やだっ ‼︎ 助けて ‼︎ ダイさんっ ‼︎)
手を振り上げようと、伸ばした時だった。
カチャ…
ドアノブの音が響いた。慌てて私を離す彼。こっちは勢いで壁にぶつかりそうだった。
「ごめん。ちょい手間取った」
ビニール袋ぶら下げ、言い訳しながら入って来る。彼の姿をまともに直視できなかった。
「あれ?美里起きてたのか」
なんだ…という感じの言い方に、ムッとなる。でも、顔に出せる状態じゃなかった。
「あっ、そいつ…」
ドアの側に立ってる松中さんに視線を向けた。
「自己紹介なら、もうしましたよ。三浦さん」
あっけらかんとした明るい声。まるで、何もなかったみたいに。
「なんだ、そうか」
一応納得して玄関を上がる。その様子を見ながら、ビクついてる自分がいた。
「今日は帰るつもりにしてなかったんだけど、編集長が働き過ぎだって言って、強制的に帰らされた」
普通に話してる。近づいて来る彼の顔が見れなくて、ふいっと横を向いた。
「そ、そう…」
鼻にかかった声。側まで来た彼が、気づいたように立ち止まった。
「美里、またテーブルにうつ伏せて寝てたんだろ。風邪ひくよ」
子供の頭を撫でるように髪に触れて行く。その仕草が腹立たしかった。
顔も見ずに通り過ぎる彼の背中を見送る。私の様子を気にしようともしない彼の態度に頭にきていた。
「…そんな言い方ないですよ。三浦さん」
怒ってるような声に振り向いた。
「ミサトさん、三浦さんの帰りを待ってたんですよ。もう少し、気持ち汲み取ってやったらどうですか?」
毅然とした態度で意見してる松中さんの姿があった。上司としての彼じゃない、男として彼が許せないって顔をしていた。
「彼女、俺が急に現れたから驚いて泣いちゃったんですよ」
上手な嘘ついてる。思わず呆然と彼を見た。
「もう少し優しくしてやったらいいでしょう。こんな遅くまで、待っててくれたんですから」
正論を述べる部下を、黙り込んで彼が見てる。そして、小さく息をついた。
「そうだな…裕の言う通り。ごめん、美里…」
反省したように謝った。
「…ううん。いいの…おかえり…」
取って付けたようなおかえりを言った。家の中に、どこか嘘っぽい空気が立ち込めてるような気がした。