いつか本当の自分に出逢うまで
校舎の白い壁、オレンジ色の屋根、チャペルの鐘の音ーーー
夢みたいだけど、夢じゃない。

( 私、ホントに青葉に受かったんだ……)
辛かったお受験、厳しくも優しい先生、お父さん、お母さん、お姉ちゃん……みんなに感謝します。
ミリは今、世界で一番の幸せ者です…。

「何やってんの⁉︎ こんなトコで」
後ろから聞こえてきた声にびっくりして振り向くと、大きくて茶色の瞳をした女の子が立っていた。色白でどこかハーフっぽい感じの子は、私と同じ新入生色の上靴を履いていた。

「別に何もしてないけど…。ちょっと感動してただけで…」
その子はふ〜んって顔して、私の事を見ていた。それから怒ったように、さっ‼︎ と手を伸ばした。

「私、レイラ。杉崎玲良(スギサキ レイラ)っていうの。よろしく!」
「あ…えっと、私、ミリ。本城美里。よろしく」
ぎゅっと握手を交わして、私達は友達になった。
それから二十年近く経った今も、定期的に会っては、お互いの事を話したり、お酒を楽しんだりして付き合いは続いてる。


「……何よ〜さっきから…」
コーヒーを飲もうとしていたレイラの手が止まった。

「ごめん、ごめん。久しぶりに青葉のカフェに来たら、レイラと初めて会った日のこと思い出して…」
謝る私に、呆れた表情を浮かべてる。でも、すぐにウインクして見せた。

「まあ、私もだけどね!」
五月に入った樹々の緑は、一層深みを増している。通り抜ける風は爽やかで、明るいキャンパスをますます輝かせていた。

「あの日のミリの第一印象、覚えてるよ。変な子〜って」
昔を思い出したようにレイラが笑った。

「小学部の校舎の前でぼーっと突っ立ってて、何やってんの⁉︎ て思った」
「えーっ、ひどい。そんなこと言うけど、レイラの第一印象だって覚えてるよ。なんかやな感じの子だなって。人の事じっと見て、一体
どこの国の子?って」
二人でけなし合って、ひとしきり笑った。

「確かに私、父親が半分イタリア人だから、外人みたいだったよね。でも、ミリの天然パーマも大概、南国系だったよ」
クルクルと指で髪を巻いている。

「それ言わないで。これでも最近、やっとマシになってきたんだから」
小さな頃はやたらと気になっていたくせ毛。さほどひどくもないのに、すごく嫌だった。

「それにしても久しぶりに来たね、青葉のカフェ。何年ぶり⁉︎ 大学卒業以来だから四年ぶり位?」
「そうだね。それくらいかな。変わんないねぇ…青葉は……」
カフェテリアの窓の外を見ながら、ホゥ…とレイラが溜め息をつく。その横顔に、ピンッ!ときた。

「レイラ、ちょっと…」
コーヒーカップを持ち上げ、こっちを振り返る。パッと見はいつもと変わらないけど…。

「あのね…もし間違ってたらごめんだけど…」
そう前置きして切り出す。

「レイラ…好きな人ができたんじゃない?」
ガチャッ‼︎
カップを落としかけた。

「だ、大丈夫…?」
慌てて紙ナプキンを手渡す。へーき、へーきと言いながらも、テーブルを拭く顔が赤い。

「もしかして…今の私の勘、当たったの? 」
下を向いたまま黙り込んでる彼女に聞いた。テーブルを拭く手が止まり、ゆっくりと頷いた。

「えっ、ビックリ‼︎ 誰なの?相手」
驚く私に、シーッと指を立てる。

「あっ、ごめん。だってビックリしたから」
大学病院の外科で看護師をしてるレイラが好きになる相手って、一体どんな人だろうとワクワクしてきた。

「研修医なの……と…年下で…」
言いにくそうに口を開いたレイラの答えに、一層、驚いてしまった。

「研修医 ⁉︎ 年下 ⁉︎ えっ、何歳の人⁉︎」
「二十四…。この春から研修始まったから」
うっすら頬が赤くなっている。こんな風に照れて話すレイラを見るのは久しぶりだ。

「時田君ていう、ちょっと頼りない人でさ…仕事の抜けが多いからフォローが大変で。最初のうちはイライラばかり募ってたけど、段々、次は何するだろうって気になってきて…」
毎日毎日、彼のことばかり心配してたら、ある日、気づいたらしい。

「もしかして、私、時田君のこと、好きなのかな……って」
照れたような、でもどこか困った感じのレイラが可愛く見えた。

「私の方が年上だし、科内でも指導的立場にいるから迷うって言うか…好きになっても告白しづらいって言うか……」
今までは、全部自分から告白してきたレイラらしい悩み。今更のような気もするけど、迷っているのはそれだけが原因じゃないみたい。

「怖がられてるみたいなの…私、彼に」
はぁー…って大きな溜め息が出た。

「最初の頃、叱りすぎてたかも……」
バリバリ仕事してるナースにとって、経験の浅い研修医は邪魔なだけ。いつもそう言ってるもんね…。

「なんか…今日のレイラ、とっても可愛い。いつもと全然雰囲気違う。人って恋すると変わるんだね」
茶化してるつもりないけど、いつも言わない事言ったから?レイラの顔、真っ赤になった。

「そ、そう言うミリこそ、三浦君と付き合い始めた頃、別人だったじゃん!どうでもいい事あれこれ悩んじゃって、彼の行動にいちいち一喜一憂してさ」
付き合い始めて三ヶ月も経たない彼との事を取り沙汰された。

「わ…私は初めてだから、分かんなくて当たり前でしょ。でも、レイラは何人かとお付き合いしてきてるじゃない⁉︎ 」
だからって、今更迷うなとは言わないけどね。

「だからやりにくいのよ。研修医の彼が、この先キチンとした医師になれるかどうかもわからないし、なんのかんの言って、私の方が年上だから……」
「そんな、歳とか立場とか関係ないじゃない、要はハートを伝えないと。思いきって、告白してみたら?」
「そ、それは無理!私からなんて、とてもできない。ますますビクつかれちゃう!」
尻込みするレイラなんて始めて見るから可笑しくて仕方ない。つい笑ってしまった。

「もうっ!他人事だと思って……」
完全に拗ねている。でも、何とか想いが伝わって欲しい。

「ねぇレイラ、たまには勤務中に失敗とかしてみたらどう?彼の見た目も変わるかもよ!」
「とんでもないっ!外科のナースが失敗なんてしたら、大変な事だよ!」
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