いつか本当の自分に出逢うまで
ーーーって、あの時ミリに大見得切ったのに、この大失態……
さすがに落ち込む……。
外来勤務中での事、医師の指示通りに点滴の準備をしたつもりが、薬剤を間違えてた。
「一歩遅れてたら大変な事になるわよ!杉崎さん、気をつけないと!」
主任ナースに怒られた。
「すみません…以後、気をつけます…」
見習いの頃から考えても、初めてだ。こんなミス。
ショボン。
(情けない私。少し浮かれすぎてたのかも…)
更衣室で一人、着替えながら涙出てきた。こんな小さなミス一つで泣くなんて、どうかしてる。
(しっかりしろレイラ、らしくないぞ!)
自分で自分を励ます。そうでもしないと、余計に落ち込みそうだった。
重い気持ちを引きずりながら表へ出た。外では、研修医達が輪になって立ち話をしている。その中に、時田君の姿もあった。
「お、お疲れ様でした!」
彼の声に、全員が急に姿勢を正してこっちを向いた。
「お疲れ様……」
(そんなに怖がらなくても、病院外で叱ったりしないっての……)
突っ込む気にもならず歩き出した。
病院の坂道を足早に下りながら、今日は真っ直ぐ部屋に帰りたくないな…て気分だった。
(ミリ呼び出して一杯やろうかな…)
仕事のミスが原因でやけ酒なんて、多分初めてかも。スマホを片手に履歴を見てたら、後ろから軽快な足音がしてきた。
(誰だろう…?)
何気なく後ろを振り向いた。
「杉崎さん、足早いですね」
ニコッと、人懐っこい笑顔を見せる。研修医の彼だった。
キュン…
予期せず、胸が鳴った。
「さっき、病院から出て来た時、元気ないように見えたんですけど…外来で何かあったんですか?」
病棟回りだったらしく、何も知らない彼が無遠慮に聞いてきた。
「別に…何もないわよ」
くるりと向きを変え、口をつぐんだ様子を見て彼が謝った。
「す、すみません…。なんか僕、余計な事聞いたみたいですね…」
しょんぼりとうな垂れる。その姿に、ちくっと胸が痛んだ。
「いつも失敗ばかりして、杉崎さん達ナースの足引っ張るから、せめて何か役に立てればと思ったんですけど…余計なお世話でしたね…」
情けなさそうにしてる。悪いのは、彼じゃないのに。
「…そんな事ないわよ…」
気が咎めて、つい言葉を発した。
「ありがたいと思ってる。そんな風に言ってくれて…」
(だからって、今日の事は話せないけどね…)
大きく息をついて歩く私の後ろを、彼が黙ってついて来る。
ナースは強い。だから泣いたりしないって、皆そう思ってる。だけど、落ち込むことだって、やっぱりある…。
「杉崎さん、僕もう、何も聞きませんけど…」
研修医の彼が、そう言って口を開いた。
「でも…」
ぐいっと腕を掴み、後ろへ引っ張られた。
「泣きたい時くらい、素直に泣いてください!」
トン…と、額が彼の上着にあたった。握っていた腕が解放され、代わりに後ろ頭が撫でられた。
「泣きたい時は、泣かないといけません。特に、杉崎さんみたいに、強がってばかりの人は…!」
そんな殺し文句、どこで覚えてきたのか知らないけど、年下の男性の言葉に胸が熱くなっていく。
(この人、なんで私が泣きそうだってわかったの…)
驚きと同時に疑問が湧く。でも、すぐに涙が浮かんできた。
「やばい…」
このままじゃ、顔も上げられない。
「ごめん…少しだけ胸貸して…」
了解を示すように、彼が優しく髪を撫でる。その仕草があったかくて、つい声を出して泣いてしまった。
「うっ…くっ…」
泣かずに笑って吹き飛ばそうと思ってたのに、そうもいかなかった。本当は落ち込んでどうしようもなくて、胸がキリキリ痛かった。
それを何も言わず、黙って泣かせてくれる。この人の心の広さに、救われる思いがした……。
「ごめんね…すっかり甘えてしまって…」
公園のベンチに二人で座った。
「いいですよ。少しは楽になりましたか?」
「うん…お陰様で。…ありがとう」
手渡されたココアの缶を開け、一口飲んだ。甘い物なんて、滅多に口にしないけど、美味しかった。
「泣いた後は甘い物がいいって聞いた事があって。大丈夫ですか?飲めますか?杉崎さん、いつもブラックコーヒーの人だけど…」
問いかける彼の言葉にあれ…?と思った。
「私がいつもブラックしか飲まないって、どうして知ってるの?時田君の目の前で、飲んだことあったっけ?」
確かない筈と、記憶を辿った。
「ないですよ。でも知ってます。いつも見てるから」
軽く答えた彼の口から、しまった…って言葉が漏れる。
「今の…どういう意味?」
一応、ストーカーでないと思っているけど確認させてもらった。
ヤバイって顔して笑ってる。でも、じっと見つめてる私の視線に、とうとう観念したかのように話し始めた。
「もう黙ってても仕方ないんでハッキリ言いますけど、僕、杉崎さんのこと好きみたいなんです…」
照れたように顔を赤くしてる。思わずこっちまで恥ずかしくなった。
「最初は…怒られてばかりで、怖い人だと思ってたんですけど、この最近、誰かが仕事先回りしてるのに気がついて。誰だろうって調べてたら、杉崎さんだとわかって…。それ以来、ずっと目で追いかけてる毎日なんです…」
照れ隠しのように頭を掻いてる彼が、急に謝った。
「すみません。僕みたいのがこんな事言っても、迷惑なだけですよね。忘れて下さい…」
スッとベンチから立ち上がり、背中を向けている。それがいじらしくて、キュン…と胸が鳴った。
「年とか立場とか関係なく、要はハートを伝えないと」
この間、ミリが言っていた言葉が思い浮かんだ。
年下の彼と恋なんて、多分、自分にはあり得ないと思ってた。でも、このまま、何も言わずには終われない…。
キュッ。
上着の裾、つまんだ。
「あ、あの…実は私も…と…時田君のこと、ずっと目で追ってるような日々で…」
顔が熱くなりながらも、なんとかそう言った。驚いたように振り向いた彼が、黙ってこっちを見てる。
その目を見るのが怖くて、つい視線を外した。
中学生の片思いが実った時みたいに、甘酸っぱい空気が漂っていた。
ストン…。
座り直した彼が、小さく息を吐いた。それから微かに声がした。
「やっ…た…」
手を握りしめ、ガッツポーズをとっている。
「杉崎さん‼︎ 」
急に名前を呼ばれ、ビクつく私の方に向きを変えた彼が思いきって声を上げた。
「僕と付き合って下さい!年下で、仕事もまだまだ出来ない自分だけど、貴方が泣きたい時は胸を貸すし、笑いたい時は一緒に笑ってあげられると思うから」
キラキラと輝くような瞳で見つめてる。病院では見たこともないくらい、イキイキとして頼もしい。
(そうか…。こっちが本来の彼なんだ…)
この人となら年齢や立場関係なく、付き合っていけるかもしれない。何より…
(やっぱり好き…)
「うん…よろしくね…」
小さな声で返事した。嬉しそうな彼と目が合い、妙に気恥ずかしかった。
…今の私、多分とっても優しい表情してると思う。だって…
彼が……
時田君が……
私をとても優しい顔で見つめているから……。
さすがに落ち込む……。
外来勤務中での事、医師の指示通りに点滴の準備をしたつもりが、薬剤を間違えてた。
「一歩遅れてたら大変な事になるわよ!杉崎さん、気をつけないと!」
主任ナースに怒られた。
「すみません…以後、気をつけます…」
見習いの頃から考えても、初めてだ。こんなミス。
ショボン。
(情けない私。少し浮かれすぎてたのかも…)
更衣室で一人、着替えながら涙出てきた。こんな小さなミス一つで泣くなんて、どうかしてる。
(しっかりしろレイラ、らしくないぞ!)
自分で自分を励ます。そうでもしないと、余計に落ち込みそうだった。
重い気持ちを引きずりながら表へ出た。外では、研修医達が輪になって立ち話をしている。その中に、時田君の姿もあった。
「お、お疲れ様でした!」
彼の声に、全員が急に姿勢を正してこっちを向いた。
「お疲れ様……」
(そんなに怖がらなくても、病院外で叱ったりしないっての……)
突っ込む気にもならず歩き出した。
病院の坂道を足早に下りながら、今日は真っ直ぐ部屋に帰りたくないな…て気分だった。
(ミリ呼び出して一杯やろうかな…)
仕事のミスが原因でやけ酒なんて、多分初めてかも。スマホを片手に履歴を見てたら、後ろから軽快な足音がしてきた。
(誰だろう…?)
何気なく後ろを振り向いた。
「杉崎さん、足早いですね」
ニコッと、人懐っこい笑顔を見せる。研修医の彼だった。
キュン…
予期せず、胸が鳴った。
「さっき、病院から出て来た時、元気ないように見えたんですけど…外来で何かあったんですか?」
病棟回りだったらしく、何も知らない彼が無遠慮に聞いてきた。
「別に…何もないわよ」
くるりと向きを変え、口をつぐんだ様子を見て彼が謝った。
「す、すみません…。なんか僕、余計な事聞いたみたいですね…」
しょんぼりとうな垂れる。その姿に、ちくっと胸が痛んだ。
「いつも失敗ばかりして、杉崎さん達ナースの足引っ張るから、せめて何か役に立てればと思ったんですけど…余計なお世話でしたね…」
情けなさそうにしてる。悪いのは、彼じゃないのに。
「…そんな事ないわよ…」
気が咎めて、つい言葉を発した。
「ありがたいと思ってる。そんな風に言ってくれて…」
(だからって、今日の事は話せないけどね…)
大きく息をついて歩く私の後ろを、彼が黙ってついて来る。
ナースは強い。だから泣いたりしないって、皆そう思ってる。だけど、落ち込むことだって、やっぱりある…。
「杉崎さん、僕もう、何も聞きませんけど…」
研修医の彼が、そう言って口を開いた。
「でも…」
ぐいっと腕を掴み、後ろへ引っ張られた。
「泣きたい時くらい、素直に泣いてください!」
トン…と、額が彼の上着にあたった。握っていた腕が解放され、代わりに後ろ頭が撫でられた。
「泣きたい時は、泣かないといけません。特に、杉崎さんみたいに、強がってばかりの人は…!」
そんな殺し文句、どこで覚えてきたのか知らないけど、年下の男性の言葉に胸が熱くなっていく。
(この人、なんで私が泣きそうだってわかったの…)
驚きと同時に疑問が湧く。でも、すぐに涙が浮かんできた。
「やばい…」
このままじゃ、顔も上げられない。
「ごめん…少しだけ胸貸して…」
了解を示すように、彼が優しく髪を撫でる。その仕草があったかくて、つい声を出して泣いてしまった。
「うっ…くっ…」
泣かずに笑って吹き飛ばそうと思ってたのに、そうもいかなかった。本当は落ち込んでどうしようもなくて、胸がキリキリ痛かった。
それを何も言わず、黙って泣かせてくれる。この人の心の広さに、救われる思いがした……。
「ごめんね…すっかり甘えてしまって…」
公園のベンチに二人で座った。
「いいですよ。少しは楽になりましたか?」
「うん…お陰様で。…ありがとう」
手渡されたココアの缶を開け、一口飲んだ。甘い物なんて、滅多に口にしないけど、美味しかった。
「泣いた後は甘い物がいいって聞いた事があって。大丈夫ですか?飲めますか?杉崎さん、いつもブラックコーヒーの人だけど…」
問いかける彼の言葉にあれ…?と思った。
「私がいつもブラックしか飲まないって、どうして知ってるの?時田君の目の前で、飲んだことあったっけ?」
確かない筈と、記憶を辿った。
「ないですよ。でも知ってます。いつも見てるから」
軽く答えた彼の口から、しまった…って言葉が漏れる。
「今の…どういう意味?」
一応、ストーカーでないと思っているけど確認させてもらった。
ヤバイって顔して笑ってる。でも、じっと見つめてる私の視線に、とうとう観念したかのように話し始めた。
「もう黙ってても仕方ないんでハッキリ言いますけど、僕、杉崎さんのこと好きみたいなんです…」
照れたように顔を赤くしてる。思わずこっちまで恥ずかしくなった。
「最初は…怒られてばかりで、怖い人だと思ってたんですけど、この最近、誰かが仕事先回りしてるのに気がついて。誰だろうって調べてたら、杉崎さんだとわかって…。それ以来、ずっと目で追いかけてる毎日なんです…」
照れ隠しのように頭を掻いてる彼が、急に謝った。
「すみません。僕みたいのがこんな事言っても、迷惑なだけですよね。忘れて下さい…」
スッとベンチから立ち上がり、背中を向けている。それがいじらしくて、キュン…と胸が鳴った。
「年とか立場とか関係なく、要はハートを伝えないと」
この間、ミリが言っていた言葉が思い浮かんだ。
年下の彼と恋なんて、多分、自分にはあり得ないと思ってた。でも、このまま、何も言わずには終われない…。
キュッ。
上着の裾、つまんだ。
「あ、あの…実は私も…と…時田君のこと、ずっと目で追ってるような日々で…」
顔が熱くなりながらも、なんとかそう言った。驚いたように振り向いた彼が、黙ってこっちを見てる。
その目を見るのが怖くて、つい視線を外した。
中学生の片思いが実った時みたいに、甘酸っぱい空気が漂っていた。
ストン…。
座り直した彼が、小さく息を吐いた。それから微かに声がした。
「やっ…た…」
手を握りしめ、ガッツポーズをとっている。
「杉崎さん‼︎ 」
急に名前を呼ばれ、ビクつく私の方に向きを変えた彼が思いきって声を上げた。
「僕と付き合って下さい!年下で、仕事もまだまだ出来ない自分だけど、貴方が泣きたい時は胸を貸すし、笑いたい時は一緒に笑ってあげられると思うから」
キラキラと輝くような瞳で見つめてる。病院では見たこともないくらい、イキイキとして頼もしい。
(そうか…。こっちが本来の彼なんだ…)
この人となら年齢や立場関係なく、付き合っていけるかもしれない。何より…
(やっぱり好き…)
「うん…よろしくね…」
小さな声で返事した。嬉しそうな彼と目が合い、妙に気恥ずかしかった。
…今の私、多分とっても優しい表情してると思う。だって…
彼が……
時田君が……
私をとても優しい顔で見つめているから……。