アイ・哀しみのルーツ【いのりのうた・十五歳の系図】
 「渋谷?」


「そうだよ。お母さんのデッカいパネル……」


「私ねー、清水さんに話したの。私の初恋は、渋谷のハチ公前にいた水野先生だと」

私はそれと気付かず、水野先生に愛を告白していたのだ。


「うん、体育祭の時に聞いてる。だからかな? その後で佐々木のことが忘れられなくなったんだ」


(――知らなかった。そんなこと……)


「あの時、佐々木はずっと心配そうな顔でスクランブル交差点を見ていた。恋人を待っているのかなと思っていたら現れたのがデッカいパネルを持ったお母さんだった。俺悪いけど、思わず笑っちゃったよ。でも佐々木もあの時コケていたよね? その仕草が可愛くて思わず声を掛けていた。いや、本当は何処かで安心したんだよ」




 私はあの日。
スクランブル交差点をずっと見ていた。
其処には大きなパネルを持って歩いていた母がいた。


『綾ちゃーん、これ見て!』
母は声を弾ませていた。


『このパネルが当たった時、幻ちゃんったら『熊谷にいた人だ』って言ってくれたの。私の事覚えていてくれたの』

母は興奮した声で経過を話していた。


『今日此処に来られて良かったよ。綾に感謝ー!!』


母の興奮した声は、渋谷駅前で待ち合わせしていた隣の人を笑わせていた。
それが水野先生だった。


『アンタのお袋さんかい? 若いね……』

水野先生はそう言った。
笑いを堪えながら。




 「だから、昇降口で逢った時すぐには思い出せなかっただよ。渋谷で逢った人とは、雰囲気が違っていた」


そうだ。あの日の後、祖父の四十九日から私の人生は一変したのだ。


『綾は一体誰の子供なんだろう?』

父のあの一言から……




 誰にも相談出来ない父との親子関係。
私は思い切って、水野先生に打ち明けた。


大雪の日に、自転車で追い出す父親。

それほどまでに深い哀しみを抱えているのだろうと思ったのか、親身になってくれていた。


でも水野先生も、物凄く大きな決断を迫られていたのだった。

それで今日来たのだった。




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