アイ・哀しみのルーツ【いのりのうた・十五歳の系図】
 「どうしました? 妊娠ですか?」


当然のことのように産婦人科医も聞いた。


「いえ、私まだヴァージンです」
私は素直に答えた。


「それでは何故此処に?」

そこでやっと本題の、乳児取り違え事件がなかったかを聞いた。

勿論身に覚えがないと産婦人科医は怒った。

それでも、私が父の発言で悩んでいることを話すとやっと納得してくれた。


「後にも先にも、そのようなことはなかったよ。そうか君は佐々木恵さんの娘さんか」
産婦人科医は懐かしそうに私を見つめた。


「どうりでさっき何処かで見た人だと感じた訳だ。君はお母さんにそっくりだね。特にその目元。何か心配事でもあるのか、今の君と同じように辛そうな目をしていたよ」


「二度ばかりお母様にお会い致しましたが、本当にそっくりでした」


(――二度? あっそうか。澁谷も……か?)


「君はなかなか産まれなくて、結局帝王切開だった」


「はい。母から聞いてます。点滴を七本も打ったってことも」

陣痛促進剤を使用しても私はなかなか産まれなかったらしい。

予定日より、一カ月近く遅れたと母に聞いていた。


だから母は言ったそうだ。


『女の子でもいいよ。私だけで、私だけでも育ててあげるから』
と――。

私が女の子だと母は感じたのだ。

だから敢えて言ったのだ。


『女が産まれたら、帰って来なくていいよ』
実家に帰って出産する母に向かって、父がそう言ったから。

私に負担を掛けさせないために……


(――だったら何故私を連れて帰ったんだ?

――私と母を……苦しめてもて遊ぶためか?

――母の目が暗くなるはずだ。

――私と同じようになるはずだ)

父に対する怒りが又湧き上がって来た。

それを止めることも出来ず、私は其処に居た。




< 123 / 179 >

この作品をシェア

pagetop