アイ・哀しみのルーツ【いのりのうた・十五歳の系図】
 (もうー。分かっているならもっと楽しもうよ。せっかくの母娘デートなのに)

嫌みの一つでも言いたい。
でも……


「ううんそんなこと。お母さん大好き!」
憎まれ口の代わりに、母の肩に頬ずりしてみた。


「本当にごめんね綾」
私の肩に手を伸ばしてきた母は泣いていた。


「ほら、又泣く!」
私は苦笑いをしながら、バックからハンカチを取り出した。




 子供の頃から三面鏡の前で泣いている母を見てきた。

何がそんなに哀しいのかは分からない。


でも一つだけ思い当たる事が……

それは、父が会社に行く前に母に掛けた言葉だった。


『お前は父親から可愛がられたんだろうな』
そう父が言った。


『何故?』
と母が尋ねる。


『だって、馬鹿な子供程可愛いって言うだろう』
得意そうに父が言う。


父はそのまま仕事に出かけた。残された母の目に涙。




 『お前は馬鹿だ』

父はそう言いたかったのだろう。

子供の私にもそれは分かった。

だから今でも鮮明に記憶しているのだろう。


あの後、母は泣きじゃくった。

声が引きつっても尚泣きじゃくっていた。


『私はお父さんに可愛がられてなんかいない!』
母は泣きわめきながら言っていた。


子供の私は見守る事しか出来なかった。
だから背中を叩いて振り向かせた。

とびっきりの笑顔をあげたかった。


(私は此処に居るよ。何時でも傍にいるよ)

そう言いたかった。

そうだ。確かにあれから母は泣いてばかりいるようになったんだ。

だから私は、母から目を離す事が出来なくなった。


でも母は私の前では泣かなくなった。
私が心配することを警戒してか、陰で隠れて……


だから余計目が離せなかったのだ。




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