アイ・哀しみのルーツ【いのりのうた・十五歳の系図】
 私はさっきから、じっと一点を見つめている一人の老人が気になっていた。

その老人の視線の先には母がいた。


「お母さん、あの人知ってる?」
私は老人に目配せをした。


「さあ、あの人が何か?」


「さっきかずっとお母さんを見てる」


「そう? 気のせいでしょう」
母はそう言いながらも老人に目をやった。


「やっぱり知らないわね。気にしないで行きましょう」
母はそう言った。




 でも私は老人の事が気になり、思い切って近付いて行った。


「さっきからずっと母の事見ていますが、母と知り合いなんですか? 母は知らないと言ってますが」
私はきっと、かなり厳つい顔をしているのだと思う。
幾分か興奮してきたようで、胸がバクバクしていた。


「いや何でもない。私はただあの人の目が気になっただけだ」

それでも老人は、しっかりと私の目を見て言った。


「目? 母の目ですか?」


「そうだ。私は初めと見た。あんな哀しそうな目をした人に」
老人の言葉に驚き、私は母を見つめた。


「母は父親を亡くしたばかりなんです。哀しそうな目はそのためだと思いますが」




 「いいや、あの目はそんな生易しいものではない。そうだ娘さん、あんたお母さんの瞳の奥を覗いて見たことがあるかい?」
私は首を振った。


「一度覗いてごらんなさい。きっと何かが見つかるから」
老人はそう言い残し駅に向かって行った。


「誰だった?」

母が駆け寄ってきた。


「人違いだったみたい」
私はとっさに嘘をついた。


(なーんだ、やっぱり気になっていたのか)

私は母の目を見ている自分に気付き苦笑いしていた。


(ありゃー、自分が一番気にしてる)

私は照れ隠しに……
本当は老人の事が気になり振り向いてみた。
でももう、老人の姿はもう何処にもなかった。


「気にしない気にしない。さあ行きましょう」
私は母の背中をもう一度押した。




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