アイ・哀しみのルーツ【いのりのうた・十五歳の系図】
 実は綾の母親はヴァージンで嫁に行ったらしい。
田舎のことだから、それが当たり前だったようだ。


その証拠を父親は確認しているらしいのだ。

それを知りながら綾を疑った父親。


綾の父親は自分しかいない。
そう思っていたはずなのだ。


だから……
十年前に産婦人科医に聞いたのだ。


『乳幼児取り替え事件がなかった?』
と――


哀を愛に変えるのは難しいことだ。

それでも綾を愛してやってほしかった。

その胸で抱き締めてほしかったのだ。




 綾と二人でDNAの鑑定を聞きに行った時のことを思い出した。


『じゃあ綾は?』


『たぶんですが、間違いなくご両親から生まれたお子様だと思います』

産婦人科医の言葉を聞いた綾の父親は泣いていた。


『本当に? 本当に俺の子供なんだな?』


『えっ、じゃあ綾を自分の子供じゃないと思っていたわけ? だから雪の中を自転車で行かせたり、嫌がらせしたの!? 何て人なの!?  後にも先にも私はお父さん一人なのに!!」

綾の母親はそう言っていた。

まるで鬱憤晴らしをするように……


俺はあの時感じたんだ。
不器用に一途な生き方をして来た人なんだと……


本当は綾の母なのだからこの人も姫だったのにと。


清水の叔父ともし出逢っていれば、きっとこんな苦労しなくても良かったのではないのかな?

でも、そうなれば俺と綾は出逢わなくなる。
ってことかな?

そんなのは嫌だな……




 俺と綾が出逢うためには、二人を取り巻く全てが必要だったのだ。


俺の両親。
綾の両親。
それから、叔父に叔母、イトコ達。

全てが俺と綾を結び付けたのだから。

だから俺は綾に内緒で御両親を呼び寄せたんだ。


そしてオーデコロンを託した。
それは俺が大人になった時、母から貰った物だ。

実は、綾と初めて会った日だけに付けてみたんだ。


綾があのフレグランスを覚えていてくれたなら、きっと父親を俺と間違えるはずだ。
そんな馬鹿な発想だったのだ。


もし覚えていてくれたなら……
俺と綾との出逢いは神によって仕組まれたことだと証明出来ると思ったのだ。


だから……
きっと渋谷での出逢いは偶然ではないのだ。

それは運命の歯車が回り出した瞬間だったのだ。


『綾ちゃーん』
俺がふと思い出したのは、叔父の運命の人とのニアミスだった。




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