アイ・哀しみのルーツ【いのりのうた・十五歳の系図】
 彼は荒川の河原で母親だと信じていた女性に殺されかけた。

その場面を繰り返し何度も夢に見ていたそうだ。


広い雑木林の中を一人さ迷い、此処は一体何処なのだろう?
と考えたそうだ 。


俺の夢に似ている。
何故かそう思った。


……ブォーッ!!

その度あの音にも悩まされた。


その音を熊谷駅で聞いた彼はホームで踞ってしまったのだった。


『何よ男でしょ。汽笛くらいに驚かないの。しょうがないなー。皆手を貸して』

何も知らない清水の叔母のお陰で何とか乗車したけど、本当は皆心配していたんだ。


彼があまりにも青ざめていたから……




 実は清水の叔母は彼が小さい頃から苦楽を共にして来たのだった。


結婚して移り住んだあの島で捨て子事件が発生したとき、叔母は引き取りたいと願ったそうだ。

だから、あんな態度が出来たのだ。
俺だったらきっと怖じけ付いて、乗車出来なかったかも知れないな。




 彼の島に帰りたいと言う思いと、やっと出会えた長男を手放したくないと言う思いが交錯した車内。

重い空気が漂っていた中を、SLは鉄橋を渡った。


……ブォーッ!!

彼が熊谷駅のホームで踞った原因の、あの音を鳴らしながら……

この下の河原で自分は殺されかけた。

彼はそんな思いを胸に、車窓を流れる荒川に目を落としていたのだと思った。

皆そのことに気付いて心の中で合掌していた。


彼が生きてきた、生き延びてきた経緯を想像しながら……




 彼の系図は十五歳を待たずに途切れていた。

でも彼はきっと新たな系図を清水と繋いでいく。

彼等の青春は今始まったばかりだ。




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