ビター・スウィート
メールにあった通り一階の角部屋を見ると、プレートには『105・広瀬』の文字。
こ、ここだ。ちょっと緊張はするけど……いざ!
ひとつ息を大きく吸って、震える指先でインターホンを押した。
ピンポン、と軽やかな音が響き、少ししてガチャッとドアが開けられた。
「あ、ちー。ちょうど時間通りだね。迷わなかった?」
「はい、駅のすぐ近くだったので」
「ならよかった」
にこやかに出迎えてくれた広瀬先輩は、いつもと違いジャケットもネクタイもなく、シャツの首元のボタンを外したラフな格好だ。
恐らく会社から帰り、着替える間もなく準備をしてくれているのだろう。部屋の中からは油のいい匂いが漂う。
「じゃあ早速、あがって」
「お、お邪魔します」
ついキョロと見渡せばきちんと片付いた玄関に、細い廊下は綺麗なフローリング。
まめに掃除をしているのだろう暮らしぶりが伺える。
「今ちょうど料理がそこそこ出来たところでね、ちょうど良かった」
「よかった、ちょっと遅れちゃったから急ぎ足で来たんです……」
そこまで話して、ふと気付く。
あれ、そういえば……広瀬先輩って、料理出来たっけ?
私の記憶の中では、超不器用という印象しかなく、料理が出来るイメージも当然ない。