ビター・スウィート



広瀬は、優しい奴だ。良くも悪くも優しいから、前みたいに彼女と大喧嘩の原因だって作ってしまうのだろう。

優しすぎて、残酷でもある。……俺とあいつを足して割ったら、ちょうどいいんだろうな。



そんなことを考えながら廊下を歩き、近くの自販機でコーヒーを二本買った。

一本は、ブラック。一本は、甘いカフェオレ。ピッとボタンを押すと、ガコンッと缶の落ちる重い音がその場に響いた。



広瀬に彼女がいたことは、ずっと知っていた。街で行きあったこともある。二つ年上の、しっかりとした姉さん女房タイプだそう。

少し見た印象では、背の高い美人系。柔い広瀬をぐいぐい引っ張っていきそうなタイプだと思った。

永井とはまるで逆のタイプだからこそ、広瀬のなかではこういう女のほうが恋愛対象に当てはまるのかと少し驚いたのを覚えている。



永井が広瀬を好きだというのを知っていたなら、社員食堂で永井に『諦めろ』と言ったあの日、『広瀬には彼女がいるんだ』と言ってやればよかった。

広瀬の家でピアスを拾った時に、『半同棲してる彼女がいて、結婚するんだと』と言ってしまえばよかったのに。



俺が出来たのは、『諦めろ』と遠回しな言葉と、昔広瀬が開けていたという適当な嘘をつくことだけ。


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