ビター・スウィート
「……あ、雨」
時刻は夜七時を指す頃。
少しの残業を終え帰ろうと、会社の出入り口へとやってきた私の前には、ポツポツと降り出す雨。
昼間は晴れていたのに……。
急な雨に傘なんて持っていない。どうしよう、駅まで走ろうかな。
「どうした?」
そう真っ暗な空を見上げていると、後ろからかけられた低い声にビクッと振り返る。
そこにいたのは、透明のビニール傘を持った内海さんだった。
「内海さん」
「傘持ってないのか?」
「は、はい。朝晴れてたから……」
「まぁそうだよな」
彼は言いながらパンッと傘を広げ、こちらを見る。
「駅まで入っていくか?」
「えっ、いいんですか?」
「あぁ。どうせこの傘も、忘れ物入れから借りてきたやつだしな」
きちんと傘を持っているなんて用意がいい、と思ったけれど彼も持ってきてはいなかったのだろう。
「ほら」、とこちらへ傾けられた傘に少し戸惑うものの、一歩踏み込み入った。