専務が私を追ってくる!

私は慌てて顔を逸らした。

まだ顔は見られていないはずだ。

「おわっ! 人がいる! すみません、失礼しました」

修が私に気付き慌てて謝るが、私は失礼を承知で顔を背けたまま応える。

「い、いえ……お構い無く」

どうしよう、どうしよう、どうしよう。

気まずすぎる。

だって私が彼に対して行ったのは、いわゆる『ヤリ逃げ』にあたる。

まさか、まさかこの人が……?

「郡山さん、紹介します。こちらが新しく来られた専務です」

やっぱり!

園枝さんに名前を呼ばれたので、私は諦めて立ち上がった。

覚悟を決めてグッと息を止め、ピッとメガネを上げて彼と対面する。

修はあの日と同じ濃紺のスーツで、小振りだがまっすぐで高い鼻とキュッと締まりのあるつややかな唇、そして深い二重の瞳を携えていた。

ああ、やっぱりかっこいい。

「秘書を務めさせていただきます、郡山美穂と申します」

腰をきっちり30度折り、頭を下げる。

動揺で手足が震えた。

私を見て、彼は一体何を言うのだろう。

恐る恐る頭を上げると、修はにっこりと笑った。

「あ、どうも、初めまして。今日から専務の、雨宮修です」

……え? 初めまして?

もしかしてこの人、気付いていない?

あっ、そうか。

私はあの時とは見た目も性格も、名前だって違う。

会ったのは1回だけ、出会ってから彼が眠るまでの約7時間。

それから4ヶ月以上経過しているから、きっと記憶も薄れているのだ。

良かった!

神様は私を見放してはいなかった!

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