専務が私を追ってくる!
「私、今の仕事を残してしまっておりますので、今日はこれで失礼します」
お辞儀をして、そそくさと社長室を後にする。
とりあえず今は忘れられていた幸運に感謝して逃げるしかない。
重厚な扉を素早く静かに閉め、深く深くため息をつく。
びっくりした。
まさかあの人と再会してしまうなんて。
しかもこれから毎日一緒に働くことになるなんて。
頭の中で、あの日の夜がリプレイされる。
思わず見とれた横顔、真顔とはギャップがある笑顔、大きくて温かい手。
夜景の見える部屋の窓辺で抱きしめてくれた腕、期待を裏切ることなく柔らかくて心地よい唇。
封じ込めていた恋心が疼き、慌てて思い出すのをやめた。
扉越しに、微かに会話が聞こえてきた。
「俺、もっと美人な秘書がよかった」
……聞こえてますけど。
「美穂ちゃん、可愛いじゃないか」
「なんか地味じゃね? 秘書っぽくないし」
ごめんなさいね、わざとなんですよ。
綺麗だとか可愛いとか、好評価でないと怒りを感じる悪い癖が発動している。
ダメダメ、彼が正しい。
私は地味だし、秘書らしくない。
自発的にプライドを打ち砕いていかないと、私は簡単に悪に戻ってしまう。
「彼女は元秘書ですよ。専務は秘書に妄想を抱き過ぎです」
「園枝さん、今更敬語使わなくていいよ。専務とか呼ばれるのも恥ずかしい」
「仕事中は昔のように接するわけにはいきません」
私は三人の会話を聞きながら深呼吸をして、事務所へ戻った。