専務が私を追ってくる!
「お、やべ。行かなきゃ」
「専務!」
何も知らない、気付いていない彼が、何も疑わずに私に笑顔を向けている。
私です。
私なんです。
ミキでもミカでもなく、美穂です。
「……お気をつけて」
「うん」
扉が閉まり修の顔が見えなくなると、私はへなへな自分の椅子に腰を下ろした。
『実は息子に“自分の秘書はスカウトしたい人がいるから、まだ辞令は出さないでくれ”って言われてたんだよ』
『何って言われると微妙だけど、一応肩書きは秘書』
『じゃあ俺、出世してミキちゃんを秘書にスカウトしようかな』
『直前まで粘ったらしいんだけど、結局良い返事がもらえなかったみたいだね』
『頑張ってみてるんだけど、全然会えないんだよ』
記憶が体中を駆け巡ってクラクラしてきた。
目が回って何も手に付かない。
彼はきっと、西麻布のバーで私を待つ。
シャンディー・ガフを飲みながら。
私は来ないのに、いつまでも……。