専務が私を追ってくる!

メガネの奥で細められた目。

冷徹な彼の笑顔は貴重だ。

女子社員の間では、彼の笑顔を見るといいことがあるとまで噂されている。

42歳の彼には小学生のお子さんが3人いるらしいが、プライベードではいつもこんな表情をしているのかもしれない。

1階からエレベーターが上がってきて、乗り込む。

この時間の退社に慣れた園枝さんは、廊下の照明を消してから私の後に続いた。

「ご自宅まで送りますよ。この時間じゃバスも出ないでしょう」

「えっ、そんな、申し訳ないです」

「遠慮しないで。江森西なら、そう遠くありませんから」

園枝さんは「スマート」を絵に描いたような人だ。

顔もスタイルも頭も良くて、当然ながら仕事もできる。

今は社長秘書をやっているが、社長はあと5年ちょっとで社長を引退する見込みだ。

社長の引退後、園枝さんはどうなるんだろう。

優秀な社長秘書なんだから、次期社長である修の秘書をやるのだろうか。

もしそうなったら、私はどうなるのだろう。

専務秘書なんだから、顔も知らない次期専務の秘書をやるのだろうか。

園枝さんほど社員の支持と統率力のある人なら、そのまま重役になってもおかしくない。

その場合は、私は修の秘書を続けるのだろうか。

嘘をつき続け、それに対する罪悪感を抱えたまま、彼を支えられる自信など……私にはない。

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