専務が私を追ってくる!

修が空いたグラスを出して、シャンディー・ガフをもう一杯注文した。

色っぽいボサノヴァをかき消すように、後ろの席から楽しそうな笑い声が聞こえてきた。

私のワイン・クーラーも、そろそろなくなってしまう。

これを飲み干して、もう帰ってしまおう。

そう思っていたら、修が逃がさないとばかりに私の分までもう一杯注文した。

仕方なくグラスを受け取り、一応礼を告げる。

「なんで、会社ではそういうキレイな格好しないの?」

「会社でなくても、今はこういう格好はしていません。自分に禁止してるんです」

「どうして? 似合ってるのに」

「秘密です」

私の答えに、修は不満そうに新しいグラスへと口づけた。

「禁止してるのに、今は着てるね」

「今日は解禁日なので」

気まずい、とても。

さっさと謝ってしまいたいが、そのタイミングが掴めない。

「こんなところまで来て、どう思ってんの、俺のこと」

「秘密、です」

肝心なところをはぐらかす私に、さすがの修もイライラした様子を見せる。

「秘密ばっかだな」

「すみません」

わざわざ東京にまで来て正体を明かしておいて、中途半端なことしか説明せずに申し訳ないとは思う。

けれど、ここで素直に好きだなんて言ったら、恋愛を禁止した私の覚悟を棒に振ることになる。

それは、したくない。

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