専務が私を追ってくる!
翌朝。
ほぼ同時に目覚めた私たちは、交代でシャワーを浴び、部屋に備え付けられていたポットを使ってインスタントのコーヒーを淹れ、飲んだ。
本来なら半年前に味わっておくべきだった、肌を重ねた男女の気だるくて照れくさい爽やかな朝である。
窓の外を覗くと、雨も上がり、新緑が太陽の光をキラキラと反射させている。
決して恋人同士というわけではない私たちは、この時にはもう、完全に専務と秘書に戻っていた。
目覚めのキスもなければ下の名前でも呼び合わないし、私は敬語を使った。
それはつまり、専務と秘書のままでいることの合意に他ならない。
チェックアウトの時刻が迫り、部屋を出ようかという時、修がぽつりと呟いた。
「俺たち、これが2回目か」
「そうですね」
「もしかしたら、いつか3回目があるのかもな」
修は私の髪に触れ、少しだけ顔を近づけたけれど、思い止まった。
そして鍵を持ち、先に部屋を出た。
キスを期待した私は何も答えられず、黙って彼について行く。
そしてそれ以降、一緒に飛行機に乗ってN市に戻り各々別の帰路につくまで、彼は私に指一本触れることはなかった。
予約していた今夜発の夜行バスは、羽田で飛行機を待っている間に、私がぬかりなくキャンセルしておいた。