キスから始まる方程式
「そんなに怒らないでよ~。何気にお母さん、七瀬のこと心配してたんだからさ~」
「心配?」
何のことだろう?
小首を傾げながらお母さんに問いかける。
「そうよ? 翔君のお母さんから翔君に彼女ができたって聞いたから、七瀬がすっごく落ち込んじゃってるんじゃないかな~って、お母さんずっと気になってたのよ」
「翔……」
『翔』という言葉に、にわかに胸の奥がざわりと波立つ。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、お母さんが嬉しそうな声で続けた。
「でも安心しちゃった! 七瀬ってばいつの間にか、ちゃ~んと新しく好きな人ができたみたいで」
「なっ!? 好きな人!?」
「そうっ」
「だ、だからあたしはべつに桐生君のことなんて何とも思ってないし……!
って、そもそも、翔のことだって単なる腐れ縁なだけで……っ」
「あ~、はいはい。わかったわかった。どっちも好きなわけね」
「っ!? 全っ然わかってないじゃん!」
「うふふっ。はいはいっと……」
私の反応を楽しむようにひょうひょうと受け流しながら、お母さんがイスの上に置かれていた仕事用の鞄を持ち上げ「それじゃ」と呟いた。