キスから始まる方程式
「これも……見納めだね……」
鞄から赤い水玉のビニールカバーに覆われた手帳を取り出す。
パラパラとページをめくると、とびきりの笑顔をした翔の写真が目に飛び込んで来た。
「もうこんな笑顔……見られないのかな……」
ツキン
不意に胸が痛みだす。
「この写真には、凹んだり落ち込んだりした時ずいぶん元気もらったよね……。
本当にありがとね……」
写真の中の翔に私も笑顔でそっとお礼を告げ、ホッカイロと共に箱へと丁寧にしまう。
「最後は……これか……」
今日で最後だからと、片づけを始めた時から小指にはめていた小さなおもちゃの指輪。
それをゆっくりと、天井にかざした。
キラキラと輝く赤いプラスチック製のストーンに、二度と叶うことのない幼き日の約束が映し出される。
『約束だよ! いつか絶対結婚しよーねっ』
『うんっ、約束! 絶対、ぜーったい忘れないでね……――』
「お嫁さんに……なれなかったな……」
そのまま左手ごと指輪を胸に抱きしめ、「ごめんね」と消え入りそうな声で呟く。
名残惜しい気持ちを懸命に抑え震える指でスッと小指から指輪を抜き取ると、いつも指輪をしまっておいた手製の袋に寂しくないようにと指輪を入れ、ゆっくりと箱に収めた。