キスから始まる方程式
あ……行かなくちゃ……っ。
鉛のように重かった足を踏み出し、話していた女の子が立ち去ってひとり立ち尽くしたままの麻優の背中をポンッと叩く。
ビクンっと震える麻優。
「七瀬……っ」
私を振り返ったその瞳は、動揺と戸惑いで激しく揺れ動いていた。
「遅くなってごめんね! 授業始まっちゃうから、ほらっ行こ?」
「え……? 七瀬、さっきの話……」
「あ~……うん……。ごめん、実はちょっとだけ……」
「っ!」
わざとおどけたように、笑顔を見せながら舌をペロッと出してみせる。
本当は立ち聞きしたことは内緒にしようと思っていたのだが、麻優のあまりの辛そうな表情を目にしたら気持ちが変わった。
私に秘密にすることより生じる罪悪感で、これ以上優しい麻優を苦しめたくないって……。
だからそんな麻優を安心させるために気にしてないふうを装い、極力脳天気な声で返事をした。
「きっと二人の仲が良すぎて、周りが勝手に付き合ってるって勘違いしちゃっただけだよ」
「七瀬……」
「だ~か~ら~、麻優はそんな心配しないの! 私は大丈夫だから、ねっ?」
「うん……。わかった」
眉根を寄せながら、それでも複雑な表情で俯く麻優。
私はそんな麻優の頬をキュッとつまんで、ニカッと明るく笑って見せた。
「ほ~ら! スマイルスマイル!」
「……エ、エへへ」
ようやく戻って来たいつもの天使スマイルに、ホッと胸を撫で下ろす。
麻優の頭をポンポン叩き、そしてもう一度ニッコリ笑い返すと
大丈夫。気にしちゃダメ……。絶対大丈夫……。
改めて自分に言い聞かせるように、心の中で繰り返し呟いた。