キスから始まる方程式
「おはよ~!」
「うぃ~す」
生徒達の声で賑わう廊下を転ばないようゆっくりと歩き、一番端にある三年H組の教室へと入って行く。
すると、もう既に登校していた親友の麻優が私の姿に気付き、驚いた顔をして慌てて駆け寄ってきた。
「七瀬っ、その足どうしたの!?」
「アハハ……それがさ~……」
心配そうに瞳を揺らしている麻優に、転んで足を挫いてしまったと苦笑いをしながら簡単に説明をする。
「転んだって……、学校で?」
「うん。昨日帰る途中廊下で滑っちゃって」
怪我をするに当たって一番当たり障りのない、どこにでもありがちなパターン。
本気で私のことを心配をしてくれている麻優に嘘をつくのは心苦しいが、まさか「リンチされちゃって」なんて本当のことなど言えるはずもない。
麻優に限らず、養護教諭の大内先生やお母さん、病院の先生にも、もちろん今と同じ理由で通した。
「んもうっ七瀬ってば! もうすぐバレー部は大切な大会があるってことわかってるかなぁ?」
「えっ!? そ、それはもちろんっ」
「大事なエースがケガで出られないなんて、シャレにならないからねっ」
「大丈夫大丈夫! 一週間もすればよくなるらしいから」
「七瀬ってば意外とドジっ子なんだから」と、麻優が怒ったようにピンク色の可愛い頬をぷぅっと膨らます。
「あはは、ごめんてば~」
片目を瞑り両手を合掌しながら申し訳なさそうに謝ると、「でもまぁ」と、麻優が苦笑しながら肩にかけていた鞄を私から取り上げた。
「それくらいで済んでよかった。部活抜きにしても、大事な七瀬がケガして痛い思いするの、私だって嫌だもん……」
「麻優……」
目を伏せて、一瞬寂しそうな表情を見せる麻優。
しかし次の瞬間、無邪気な笑顔でエヘヘと笑うと、先程私から取り上げた鞄を自分の肩に掛け直した。