キスから始まる方程式
「私に気を遣ってるんなら大丈夫だから! カラオケボックスはもうすぐそこだし、ほら行こ?」
心配してくれるのは嬉しいけれど、さすがにもうこれ以上麻優に気を遣わせたくない。
そう思った私は、戻ろうとする麻優の脇をスルリとすり抜け、再び先程の道を歩き出した。
けれど……
「あ……っ、七瀬! そっちはダメ……っ」
「え……?」
麻優がいなくなり開けた視界の中に飛び込んで来た二つの影に、私の体がビクンッと急停止する。
日曜ということもあり多くの人で賑わう街中に、なぜかそこだけが妙にくっきりと浮かび上がって見える。
次の瞬間、心臓を鷲掴みにされたような激しい衝撃が身体中を貫き、それが大きな杭となって深く胸に突き刺さった。
「あ……の……、七瀬……? だ、大丈夫……?」
あぁ……、そうか。麻優は私にこれを見せたくなかったから、急にあんなことを言い出したのか。
すぐ横で話しているはずの麻優の声が、まるで夢の中の出来事のように酷く遠くに感じる。
そう。これが夢だったらいいのに。
もしも本当に悪い夢ならば、一刻も早く覚めてほしい。
あぁ、夢でよかった、現実じゃなくてよかったって、すぐにでもそう言いたい。
言いたいのに……。
何度瞬きをしてみても、それでもやっぱりこれは現実で。
私の目の前で楽しそうに笑う二人……桐生君と工藤さんの影は、無情にも決して消えることはなかった。