キスから始まる方程式
「え……?」
先程までは笑いながら会話していたのに、しばしの沈黙のあと突然別れの言葉を口にした私に、桐生君の笑顔が凍りつく。
「七瀬……いきなり……何言ってんだ……?」
吸い込まれそうなほど美しい漆黒の瞳がゆらゆらと揺らめいて、再び私の心をグラグラと揺さぶる。
桐生君、ダメだよ……。
なんでそんな驚いた顔するの?
なんでそんな悲しそうな目をするの?
そんなふうにされたら私……、また弱い自分に逆戻りしちゃうよ……。
ちょっとでも力を加えればすぐにでも折れてしまいそうな、あまりにも細くて脆い私の決心。
時間が経てば経つほど、桐生君と一緒にいればいるほど、その芯にどんどん亀裂が入っていくのがわかる。
きっとこのままだと私は、弱い自分に負けてしまうだろう。
だから私はもう後戻りができないよう、自らの意志と自らの言葉で残された退路を断ち切った。
「私ね、他に好きな人ができたの」
「っ!?」
驚きに目を見開いたまま、桐生君が言葉を失う。
「だから私、もうこれ以上桐生君とは付き合えない」
「七瀬……」
胸の奥がズキズキと痛む。
嘘だよ、そんなの大嘘だよって本当は今すぐにでも叫びたい。
叫びたいけど……でも……。
私は喉まで出かかったその言葉を、断腸の思いで桐生君への気持ちと一緒に飲み込んだ。