キスから始まる方程式


けれどそんな私に返ってきたのは、桐生君からの意外な一言だった。



「風間のとこに、戻るんだろ?」

「え……?」



全く予想していなかった問いかけに、咄嗟に返す言葉が見つからない。



「七瀬、ずっとアイツのこと好きだったんだもんな……。あんなに大泣きしちまうくらい……。
それがようやくお前のとこに戻って来たんだ。
そうだよな。ガキん時からの夢が、やっと叶ったんだもんな……」



そう言って寂しそうに眉根を寄せ、顔を歪める桐生君。


前髪をくしゃりと握りしめそのまま俯くと、プッツリと押し黙ってしまった。



桐生君、私が翔のことまだ好きだって勘違いしてるの?


それに、大泣きって……。そりゃ翔のことで桐生君の前では、何度かちょこっとだけ泣いちゃったけど……。



なんだか話の風向きが、おかしな方向へと向かっている気がする。



「あ、あの……、違……っ!」



慌てて一度は訂正しかけたものの、よくよく考えてみると、わざわざ架空の好きな人をでっち上げるよりもこのまま誤解されたままの方がいいのかもしれない。



もともと私は嘘や演技が下手くそだから、新しい好きな人について突っ込まれれば、すぐにボロが出てしまうかもしれないし。


私が嘘をついてまで身を引こうとしていることがバレれば、きっと桐生君はもっと私を突き放せなくなってしまう。


それにその方が桐生君も、余計な後ろめたさを感じることなく工藤さんのもとへと戻れることだろう。



そう思った私は、せり上がってくる弱虫な自分をもう一度胸の中に押し込め、改めて桐生君に向き直った。

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