キスから始まる方程式
「うん。ごめんね」
「っ!」
私の言葉に、桐生君の肩がビクリと跳ねる。
視界の端に映った桐生君の拳が、あまりにも強い力を入れ過ぎてわなわなと震えているのがわかった。
桐生君のあの拳には、どんな思いがつまっているんだろう?
翔に負けた、男としての悔しさ?
女にフラれる、モテ男としてのプライド?
それとも……、私に裏切られたという怒り……?
私がいくら考えたところで桐生君の本心はわからない。
けれど、私が我慢することで彼が幸せになれるのなら、そのためならば私がいくら悪者になったってかまわない、不思議とそう思えた。
「だから桐生君は、工藤さんの元に戻って?」
「なっ!?」
「私だって翔の元へ戻るんだから、これでおあいこでしょ?」
「七瀬……」
“おあいこ”……懐かしい響きに胸がキュンと切なくなる。
クラス替え直後のあの時は、お互いにヤキモチ焼いちゃったからおあいこだねって、やっぱり今と同じこの場所でそんなふうに仲直りしたっけ。
幸せだったあの頃の記憶に、不意に目頭がジワリと熱くなる。
「だから……だから桐生君も、幸せになってね」
零れ落ちそうになる涙を必死にこらえるために、本音半分、強がり半分で言った私のその言葉に
「あぁ……わかった……」
桐生君から返って来たのは、肯定の意を示す承諾の返事だった。