キスから始まる方程式


「はぁっ……はぁっ……くっ……っ」



泣いているのがバレないよう全速力で廊下を駆け抜け、バレー部の部室を目指す。


本当は特に忘れ物などしていないのだが、今の私にはあれが精一杯の誤魔化し方だった。



桐生君、私が突然教室から出て行ったの変に思わなかったかな。……なんて、私の考え過ぎか……。



冷静に考えれば桐生君にとって私はもう、いちいちそんなことを気にするほどの存在ではないに違いない。


さっきだって必要以上に会話をすることも、目を合わせることさえもしなかったのだから。



部室の途中にある誰もいない体育館脇の水飲み場で立ち止まり、荒く乱れた息を整える。


額から流れ落ちる汗と瞳から溢れる涙が混ざり合い、水飲み場の縁に掛けていた手の甲に雫となってポタポタと零れ落ちた。



昨日別れたばっかりなのに、もう教室から逃げ出しちゃうなんて……。


私、これからあの席でやっていけるのかな。



前回席替えをしたのが約二か月前。


次回の席替えは、恐らくどんなに早くとも二学期に入ってからだろう。


夏休みまでにはまだ三週間近くもある。


それまで桐生君の隣の席で毎日過ごさなければならないのかと思うと、辛すぎてとても耐えられそうになかった。

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