キスから始まる方程式
「翔!?」
体育館で朝練でもしていなければ、普通こんな場所を通りかかることなんてまずありえない。
そんなひと気のない場所に突然現れた翔に、驚きを隠せない私。
目を丸くして立ち尽くす私を尻目に、翔はツカツカとこちらに近付いてくると、水飲み場の縁に両腕をつき深い溜め息をついた。
「ったく、相変わらず足が速すぎだっつーの……っ」
「途中で見失っちまったじゃねーか」と、肩でゼーゼーと息をしながら悪態をつく翔。
しかし翔の言っている意味がわからない私は、ひたすら首をひねるばかりだった。
そういえば翔と話すの、あの雨の日以来だな。
そう思った途端、突如頭の中に蘇った翔からの『好きだ』の一言。
桐生君の騒ぎですっかりそのままになっちゃってたけど……、どどど、どうしよう!
遅ればせながら襲ってきた恥ずかしさと気まずさに、私は顔を真っ赤にしながら俯いた。
「なななな、なんで翔、ここにっ!?」
緊張で変に上擦る私の声。
けれどそんな私を特に気に留めるふうもなく、翔が若干言いにくそうに口を開いた。
「さっき教室で七瀬と桐生のやり取り見てて……」
翔の思いがけない言葉に、おもわず私の体がビクリと反応する。
「アイツお前のこと“結城”って呼んでたけど。なんか態度もお前らいつもと違うし……」
まさか翔に見られていたなんて思いもしなかったため、咄嗟に言葉が出てこない。
「もしかして七瀬、アイツとケンカでもしたのか?」
「あ……、ち、違うの! ケンカとか、そんなんじゃなくて……」
本当のことを言うべきか、それとも適当に誤魔化すべきか。
どちらの返答をすべきか迷った挙句、結局私はどちらでもない一番中途半端な答えを選んだ。