キスから始まる方程式
「あの……桐生君? その…… 具合でも悪いの……?」
こんな時に我ながらマヌケな聞き方だとは思うのだが、どうにも他に気の利いた言葉が思いつかないのだから仕方ない。
けれどそんな私の問いかけにも、桐生君からの返答は返ってくる気配さえなく……。
どうしよう……。ずっとこの姿勢のままってわけにもいかないし……。
再び悩むこと数十秒。
悩みに悩んで、意を決してもう一度話しかけようとしたその時
「……かやろう……っ」
え……?
不意に私の耳に、かすかに桐生君の掠れた声が響いた。
今、なんて……?
あまりにも桐生君の声が小さかったため、発せられた言葉がなんだったのかよくわからない。
もしかしたら私が耳を塞ぎたくなるような、そんな辛い一言だった可能性もある。
けれどもしそうだとしても、今までの経緯を考えると仕方のないことだと思う。
彼に嘘をついていた事実は、決して消えはしないのだから。
どちらにせよ、いつまでもこのままこうしているわけにはいかない。
結果的に桐生君から罵声を浴びせられることになっても、先程決心したとおり私は前に進まなくてはいけないのだ。
「あの……桐生く……」
傷付くことを覚悟の上で、改めて問い返す私。
しかしそんな私の声は、とても優しくて懐かしい温もりに呑み込まれ、途中で掻き消された。