キスから始まる方程式
っ!?
突然のことに、何が起きたのかわからない。
そんな中で感じるのは、爽やかなシトラスの香りと、胸をくすぐるような息遣い。
そしてなによりも、涙が出るほど懐かしくて愛しい、ホッとするような温もりだった。
「桐……生……君……?」
自然と零れ落ちた彼の名も、桐生君のたくましくて大きな胸に吸い込まれるように消えて行く。
私今……、桐生君の胸の中にいるの?
何度も自分に、これはなにかの間違いじゃないかと問いかけてみる。
信じられない思いと、絶対にそんなことあるわけがないという思いが交錯し、思考がうまく噛み合わない。
やっぱりこれってば、夢 ……だよね? きっと気付かないうちに寝ちゃってて、それでこんな自分に都合のいい夢見ちゃったんだ。
今日が七夕というロマンチックな日ということも災いし、余計に夢落ちへの疑念が捨て切れない。
期待に高揚する心をわざと谷底へ突き落すように、改めて今の状況を冷静に見つめ直す。
だって、どう考えたって、こんなのありえないよ。
あまりにも私がこんな未来を心の奥で願っていたから、織姫様と彦星様がせめて今日ぐらいは夢の中だけでもって、叶えてくれたのかな……?
普段は信心深いほうではないが、さすがにこのシチュエーションはやはりあまりにも出来過ぎている気がする。
うん、そうだよ。きっとそうなんだよ。……だったら、これは夢なんだから、自分に素直になってちょっとくらい桐生君に甘えても…… いいよね?
「夢なんだから」、そう何度も心の中で呟き、戸惑う腕をゆっくりと持ち上げ、桐生君の背にそっと伸ばす。
ビクン
え……?
しかしそんな私の予想に反するように、桐生君から返ってきたのはなんともリアルな生々しい反応で。
ウソ…… そんな……。 これってば、もしかして……っ!
震える指先から伝わる疑うことない確かな感触が、これが夢などではないことをなによりも証明していた。