キスから始まる方程式
「実はさ……」
それから数分ほど経った頃だろうか。
切れ長の瞳を一度ゆっくりと閉じたあと、桐生君が私をみつめ、落ち着いた声音で静かに呟いた。
「凛のお袋さんの墓参りに行ってたんだ」
「え……?」
お墓…… 参り?
あまりにも予想外の答えに、一瞬言葉につまる私。
けれどそんな私の反応をある程度予測していたのか、桐生君は特に気に留める風もなく、そのまま言葉を続ける。
「前に話したよな? 凛のお袋さんのこと」
「うん……。 確か、工藤さんが中学生の時に亡くなったんだよね?」
「あぁ。俺も直接会ったことはなかったんだけどさ……。
お袋さんが生きてた頃、凛は俺のことをよくお袋さんに話してたらしいんだ。
“いつか冬真君に会わせてね”そうお袋さんが嬉しそうに言ってたって、昔凛から聞いたことがあった。けど……」
桐生君の瞳が切なそうに細められ、眉間には深いしわが刻まれてゆく。
「結局その約束を果たせないまま、お袋さんは亡くなっちまったんだ……」
「そんな……」
「俺はそのことをすっかり忘れてたんだけど、凛にとってはずっと心残りだったんだろうな。
先週突然凛に呼び出されて、『一日だけでいいから私に付き合って。これで最後だから』そう言われて、凛の気持ちがそれで済むんならと思って一日だけ凛に付き合ったんだ」
「けどまさか、その様子を七瀬に見られてたなんてな…… 」そう言って自嘲気味に笑う桐生君。
「さすがに思いもしなかったよ」
己を責めるように下唇をキュッと噛み締めるその姿に、私の胸がツキリと痛む。
けれど私には、この言葉を本当に信じてもいいのかどうしてもわからなくて。
つい疑うような言葉が、苛立つように口をついて出た。