キスから始まる方程式
「ふ……っ……ふえっ……」
堰を切ったように、瞳から大粒の涙が次々と頬を流れ落ちる。
「だから……っ、そんなに泣くなって……」
「だ、だって……っ……ひっく……っ」
とめどなく溢れ出る安堵と喜びの結晶を、困ったようでいて、それでもどことなく嬉しそうな桐生君が、再び人差し指の背で優しく拭ってくれた。
「七瀬……」
細められた切れ長の瞳が、ふんわりと私を心ごと包み込む。
やがて頬から口もとへと移動したしなやかな指先が、愛おしむように私の唇をスッとなぞった。
「ん……っ」
ソロリとしたその感触に、おもわず吐息が漏れる。
そんな甘やかな声音に触発されるように、桐生君の唇が私の唇にそっと重なった。
あったかい……。
忘れかけていたその唇の温かさに、みるみる心が満たされて行く。
先程まであれほど絶望していたはずなのに……。
それがまるで夢だったかのように、今は“幸せ”という言葉が体中に溢れていた。
「……っ」
程なくして、ゆっくりと離れていく桐生君の唇。
名残惜しむように、私の潤んだ瞳がそれを追いかける。
「……?」
すると私の視線が、ある一点で留まった。
桐生君の唇の端が薄っすら赤く滲んでいることに、今更ながらに気が付いたのだった。