キスから始まる方程式
仏頂面を慌てて振り払い、とびきりの笑顔でパッと顔を上げる。
「あ……」
しかしそこに立っていたのは待ち人の桐生君ではなく、幼なじみの翔だった。
「今帰りか?」
昔と変わらぬ、人懐っこい表情で話しかけてくる翔。
「あ、うんっ。待ち合わせ……」
突然のことに気の利いたことも言えず、通り一遍の返答をしてしまう。
考えてみれば、翔とは試験のバタバタや気まずさも相まって、正式に交際を断った日以来一度も言葉を交わしていなかった。
私ってば翔にあんなに助けてもらったのに、まだちゃんとお礼言えてない……。
私が桐生君と仲直りできたのも、全部翔のおかげなのに……。
遅まきながらその事に気が付いた私は、なんとか感謝の気持ちを伝えようとしたのだが
「待ち合わせ……、そっか。んじゃ、気を付けて帰れよ」
私の気持ちなど知りもしない翔は、そう言って手をヒラヒラと振りながら去って行こうとする。
あ、行っちゃう!
「ま、待って翔!」
大きな声で慌てて引きとめる私に、翔が出しかけた足をとめ、少々驚き顔で振り返る。
「ん、どした?」
「あ、えっと、その……っ」
言いたいことはたくさんあるのに、何から伝えたらいいのかわからず、うまく言葉が出てこない。
「あ、あのね、その…… なんて言ったらいいのかな…… 、えっと……」
焦れば焦るほど頭が真っ白になってしまう。
きっとどこからどう見ても今の私は、挙動不審人物だ。