ラベンダー荘(失くしたものが見つかる場所)
 六角亭は実に狭かった。

 店の前に赤い長いすが一つ。

 店の中には、小さなテーブルが二つと二人掛けの椅子が三つ。

 客は誰もいない。

 壁には手書きのメニューが張ってある。


『串団子』
『あんみつ』
『くずきり』


「それで?一人で来たわけじゃないだろうね」

 長いすに座って、足を投げ出したアキラに、温かいお茶を差し出しながら、老婆は言った。

「冷たいのが飲みたい」

「汗かいて疲れたときは温かいお茶を飲むと、回復するもんだ。だまされたと思って飲んで見なさい」

 アキラは眉間に皺を寄せながら、しぶしぶ口をつける。

「そこの湧き水のお茶だよ。おいしいだろう?」

「熱い」

 お茶を飲み終えると、グゥとおなかが鳴った。

「そばでも食べるかい?」

「お金ないよ」

「そんな細っこい体の子から、金なんてとれないよ」

「なら食う」

「た・べ・る」

 アキラの言葉を老婆は言いなおした。

「たべる」

 老婆はアキラのそれを聞いてから、そばを茹でるために奥の小さなキッチンに向かった。

< 69 / 92 >

この作品をシェア

pagetop