ラベンダー荘(失くしたものが見つかる場所)
「ぬいぐるみって何に使うの?」

 アキラの言葉に老婆は、うんうんとかみ締めるようにうなずいた。

「アタシもあなたぐらいの時は、ぬいぐるみのよさが分からなかったよ。よくそんな質問をしたもんさ。でもね、だんだんと、ぬいぐるみの使い方が分かってきたんだ。」

「ふーん」

 アキラは湯葉を口に含む。

「人生は長い。あなたも、ぬいぐるみの良さが、いずれ分かるときが来るかもしれないよ」

「あたしは、分かっても、またいつ忘れるか分からないものなんかに、興味ない」

 アキラはそばつゆが入った重みのある器のそこを見ている。

「あたしは……確実なものがほしい」

 老婆はアキラの言葉が途切れるのを待ってから口を開いた。

「なら、体得すればいい。」

「たいとく?」

「例えば、あなたは抱きしめられた記憶がないとする。でも身体は抱きしめられた感触を知ってる。だからあなたはイメージできるんだ。抱きしめられるという行為がどういう感じなのか」

 アキラはオルゴールを聴いた夕暮れを思い出す。

 一人じゃないからと、抱きしめてくれたかおりの感触がしっかりと思い出せる。

 あの感触は絶対に忘れないのだろうか。

「人間、失わないものなんてめったにないが、体得したことは無くさないって決まってる。」

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