Roman
それからも何一つとして人らしき影は見えず、静寂の保たれた街中を玄は重い足取りでタキシードを追う。それに気付いた白燈は、くるりと後ろに振り返り少年の瞳を覗き込んだ。
「どうかなさいましたか?」
「…いや、なんでもない」
不安げな眼差し。
少し、本当に少しだけ玄の眉が歪んだ。その並大抵の観察力じゃ識りきれない程に些細な変化を、彼は見逃さない。
「ではその表情はなんだというのです?」
「………」
黙り込んだ少年を見つめ、白燈は冷酷な微笑を浮かべる。
「ご無理はなさらないで下さい、玄様」
「……悪かった。けれど…本当に気にしなくていい」
迷いの欠片を押し潰すかのように玄は強く瞳を瞑る。
「急に不可思議なことが起きすぎただけだ。…ただ、それだけなんだよ」
何故玄がこのような言葉を告げるかなど、白燈には到底理解出来なかった。が、玄の感情に何か靄が掛かっているということは判断出来た。
けれども彼には策が無い。心に満ちる靄を払う手段は沙耶に会うことだけ、という理由もなき確信があるのみ。
「分かりました」
埒が開かない。呆れ半分になりながら、再び白燈は無言で歩き始めた。