星空は100年後

「満員電車も今日でひとまずお休みだな」

 人混みが大嫌いな賢が、ため息をつきながら呟いた。といっても、賢は部活があるので学校には行くだろう。

 わたしも夏休みに入り、学校に行かなくていいことは嬉しい。でも、あまり楽しみではない。「そうだねー」と気のない返事をすると、ガラス越しに賢が肩をすくめた。そして隣にいる雅人は、わたしたちの会話なんか耳に入っていない様子で携帯を見つめている。

「また彼女とメッセージしてんのかよ」
「んー?」

 賢の呼びかけにも、雅人は心ここにあらずだ。

「ストレートネックになるぞ」
「んー」

 雅人は携帯を見続けたまま返事をする。指はなにかを打っているのかせわしなく動いている。

 ここ二ヶ月半、雅人はわたしたちとろくに会話をせずに携帯ばかりを見るようになった。それは、賢の言うように“彼女”とやり取りをしているからだ。

 毎晩電話で一時間以上も話しているのだと、以前雅人は言っていた。学校でも昼休みはべったり一緒に過ごしているし、放課後もよくデートをしている。だというのに、こうして電車の中でもメールをするほど話すことがあるのだろうか。

 以前の雅人はこんなに携帯依存症みたいではなかった。むしろメッセージも電話も苦手だったほうだ。

 隣りにいるわたしがむうっとした顔を見せても、雅人は全く気づかない。

 いやだ、なんか、すごくいやだ。ちっとも面白くない。つまらない。

 会話が弾むことのないまま電車に揺られて二十分後、学校の最寄り駅に着く。電車を降りて改札に向かうと、その先に雅人の彼女——町田《まちだ》貴美子《きみこ》さん——の姿が見えた。

 暑い日差しの中、日陰のない駅の改札を出たところで雅人がやってくるのを待っている。色白の彼女に、夏の痛いほど眩しい光はあまり似合わない。けれど、そんなアンバランスさが余計に彼女を輝かせている。

「じゃあなー!」

 携帯をポケットにしまって、雅人はわたしたちを置いて彼女のもとに駆け寄っていく。その後ろ姿に、わたしの不快指数が跳ね上がる。さっきまで顔を上げなかったくせに、携帯をずっと見つめていたくせに。

 雅人が町田さんと付き合ってからの二ヶ月半、わたしは常に気分が悪い。
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