Crescent Moon
目の前に広がるのは、美しく手入れされた日本庭園。
丁寧に刈り込まれた芝生に、芸術的にさえ思える配置に植えられた木々。
まるで、緑の絨毯だ。
ふかふかの高級そうな、天然絨毯だ。
広い日本庭園の真ん中には、大きな池がある。
ここからは見えないけれど、池の中には大きく立派な鯉でも泳いでいるのだろう。
気持ちよさそうに、スイスイと。
(私だけ、場違いね………。)
ボソッと、心の中だけで吐き出した毒。
その毒は回りに回って、体内を巡る。
巡った毒が、静かに私を蝕んでいく。
こんな場所、私には似合わない。
高級そうなホテルも、立派な日本庭園も、この視界の中にある全てが私には似合わないのだ。
誰にも言われている訳でもないけれど、そう感じてしまう。
そう感じてしまうのは、私が卑屈だからなのか。
カチッと音を立てて、ライターが灯をともす。
着物の袖に隠し持っていたライターで火を点けた煙草をくわえる。
小さく揺れる炎を見つめ、ほんの数日前の出来事をぼんやりと思い出した。
私の名前は、瀬川 まひる[セガワ マヒル]。
成人式もとうの昔に終えてしまった、もう立派な大人の1人。
28歳。
誕生日が来てしまえば、29になってしまう。
30なんて、あっという間だ。
アラサーの仲間入りをしたのだって、決して最近だとは言えないのが悲しい。
いつまでも若いままでいられたのなら、何も悩むことはなかっただろう。
時間というものは、とても残酷だ。
止まって欲しいと願っても、決して止まってなんかくれない。
手で掬った砂みたいに、どんどん流れて落ちていってしまう。
手の中に戻ってくることはない。
零れ落ちた砂は、そのままどこかへ消えていくしかないのだ。
気が付いたら、こんな年になっていた。
それが、正直な私の感想だった。
これでも、何もせずにこの年になった訳ではない。