Crescent Moon
(新任の先生、ね。)
正直に言うと、それほど興味が湧く話題でもない。
私にとっては、だけれど。
新任の先生なんて、教職に就いていれば毎年ある出会いの1つ。
ありふれた出会いに、何を期待しろと言うのか。
ざわめく理由を、環奈がそっと私に耳打ちしてくれた。
「若い男の先生が来るんだって。噂だと、すーごーく格好いいらしいよ?」
「………ただの噂じゃないの、それ。どこから、そんな噂を仕入れてくるのよ。」
環奈、恐るべし。
ほんと、どこからそんな噂話を聞いてきたんだか。
環奈は、決して悪い子じゃない。
人間的に言えば自分に素直だとは思うし、ある意味、純粋な人なのだとも思う。
だが、しかし、男の話となると目の色が変わるのだ。
変わるのは目の色だけではなく、驚くほど態度もコロッと変わる。
いわゆる、ぶりっこってヤツ。
最初にその変わり様を見せ付けられた時は、私だって驚いた。
どうして、こうも私の前と男の人の前だと、態度が変わるものなのかと。
どこから、その1オクターブ高い声が出てくるのかと。
声楽も少しかじっていたらしいから、高い声の出どころは音大出身者故のトレーニングの賜物なのかもしれないが。
もう何年も付き合っているせいか、さすがに藤崎 環奈という人間が分かってきた。
環奈という人に慣れたということだ。
ぶりっこする人を毛嫌いする人もいるだろうけれど、私は別にどうだっていい。
直接、私に害が及ぶ訳でもないのだから。
むしろ、そのギャップに笑える様になったのは、私がもう若くはないからだろう。
私が環奈と同い年で、もっと若かった頃なら、私はきっと環奈にイラついていたのかもしれない。
ぼんやりとそんなことを考えていると、職員室の空気がガラリと変わったことに、ふと気が付く。
空気を変えたのは、校長がこの閉鎖的な空間に割り入ってきたから。
勢いよくドアを開けて入ってきたのは、中年というよりも老人と言った方がいい、年配の男性だった。