Crescent Moon
「校長先生、おはようございまぁーす!」
環奈が張り切って声を作り、入ってきた年配の男性に挨拶をする。
声をかけられた年配の男性も、満更でもないらしい。
ニヤニヤと鼻の下を伸ばしながら、嬉しそうに笑って環奈に手を振っている。
見慣れたこの男性がいるということは、今年もこの学校の校長は変わることはなかったということだ。
まあ、事前に人事はある程度知らされているから、知っていたことだけれど。
(あー、いつ見ても輝いてるわ………頭皮が。)
地肌を隠すことが出来ないほど、ハゲ上がる頭。
幸か、不幸か。
その薄毛のお陰で貫禄はあるから、本人からしてみればそれも悲しいところだろう。
いかにも校長といった風情を醸し出す年配の男性、うちの高校の校長は、環奈に手を振って応えた後、大きな声でこう挨拶を始めた。
「おはよう、諸君。今年度も、この学校の校長を任せてもらうことになった渡辺だ。今年度も、よろしく頼むよ。」
もっともらしく、その挨拶をする校長。
ここ何年か、この学校の校長はこの渡辺先生だ。
悪い人ではないとは思う。
ただ1つ、致命的な難点があることを除けば。
「ねー、まひる。」
「はーい。」
「校長の長話、また始まると思う?」
そんなの、決まってるじゃないか。
校長の話が長くなかったことなんて、数えるほどしかない。
時間が押している時ほど話を長くしたがるから、進行役の先生がいつも困っているのだ。
ああ、進行役に抜擢されなくて良かったと何度思ったことか。
「いつものことじゃない。話が長くならない方が珍しいくらいよ。」
「やっぱり?そう思うよねー。」
「今日も5分以上語り出すに、1000円賭けるわ………。」
環奈にコソコソと、そう話す。
私の予想に、環奈も異論はないらしい。
うんうんと頷きながら、じゃあ私も、と答える始末だ。